大東亜戦争の敗北から復興、高度経済成長へ。
いずれも厳しく、困難な時であった。
だが、二つの国難が生易しく思えてしまうほどに、現在の日本が直面する問題は重大だ。
かつて、我々には真似るべきものがあった。
明治の元勲たちは、陸軍と憲法はドイツ、海軍はイギリスに倣い、民法はフランスという具合にうまく西欧列強のいいところを摘み出してはそれを真似た。それによって、明治維新から40年足らずで、丁髷に二本差の侍の国は、西欧の大国ロシアと対等に戦うのみならず、アメリカの利益を見越してこれを上手く巻き込んですばやく講和を結ぶという非常に卓越した外交手腕さえ習得していた。
いわゆる戦後においては、我々には真似るべき、豊かな社会があった。
アメリカだ。
進駐軍として我が国に入ってきた米軍兵士が我々の父や祖父たちに与えたチョコレートの甘さに象徴される物質的豊かさを目指して、外交・安保をアメリカに任せながら、戦後日本は島全体で汗をかくかのように猛烈に働いた。その結果、あっという間に西欧諸国を抜いてアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国という看板を得た。
バブルの饗宴から20余年、その間の低成長の時代を過ぎ、今、我々は財政赤字と少子高齢化という重すぎる荷物を背負い、大地震と大津波に打ちのめされ、準国産エネルギーとも言うべき原子力が生み出す安い電気を失い、国内の基幹産業の競争力は円高と後進国の成長によりますます追い詰められている。
そんな時に、かつて日本の近代化の教師であった欧州はEU内部に深刻な対立を抱え、共通通貨EUROの未来さえ危ぶまれる。
アメリカに至っては、債務デフォルトに至るかどうかという瀬戸際まで行くほどに、財政状況は危険な状況にある。
かと言って1000年前の先生であった中国も隣で問題を抱えていて、到底ロールモデルになるはずもない。
我々は、どの国をモデルとしそれを目指して走っていけばいいのか。
我々は、21世紀にどのような経済社会を作り上げるのか。
皆目見当がつかぬ。
だが、危機の中にチャンスはある。むしろ、危機の中にこそ偉大な何かは生まれるものだと信じたい。戦後の焦土のなかから、HONDAが、TOYOTAが、SONYが、PANASONICが生まれやがて世界を席巻したように。
フランシス・ベーコンの力強い言葉を引用しよう。
「順境に、恐れと不安がなくはない。逆境に、希望と喜びがなくはない」
いつの時代も、そうだったのだ。数千年も、数万年も変わりはしない。
我々は、少しだけ、自分の生まれた時代を特別だと、非常な時代だと錯覚しながら、だが、だからこそ人生を意気に感じて短い人生を死に物狂いで生きてきたのだ。
そして、それでいいのだと思う。
得意の脱線だ。
物まねに意味はない。皆と同じであることはもはや無効だ。そんな19世紀的な産業革命の残り香が漂う時代の郷愁に浸っている暇はない。
街も、村も、貴様も、そして我が国も、誰も何も真似できないこの世界で、それでも意思によって武装して、自らの命を華々しく、雄雄しく輝かせるのだ。
熱く生きよ。強く生きよ。そして冷たく死ぬがいい。