ふと、自分という存在について考えた。もちろん「自分の存在」という言葉で思考したのではない。思えばあれが俺にとって初めての自覚的に自己を対象として認識した時であったように思う。
何を考えたかというと、自分は何者なのかと考えた。
自分が、三谷原基という人間であるのは分かる。
なぜこいつがいまここにいるかと言うと、両親が生み育ててくれたからだ。その両親がなぜ生まれたかというと、両親の両親が彼らを生み育てたからだ。そこからとりあえず380万年前に(だったっけ?)人類が誕生したから俺がいま生きているということは分かった。百科事典をみれば人間が一生懸命に暮らす土地を広げ文明を築い命をつないできたこともわかった。最初の人間に至るまでの数十億年という途方もない時間をかけて、最初に海に誕生した単細胞生物が徐々に複雑化し、有性生殖を獲得し、様々な生命へと分化してきたかもわかった。さらに、遡れば、地球が46億年前(だったっけ?)にガチャガチャとできたことも百科事典に書いていた。
ここまでは順調だ。なんとなくだが、納得できた。
しかし、地球を生んだ宇宙がいつできたかは分からなかった。ビッグバンがあったと書いているのだが、その前になにがあったかはまったく分からなかった。無から大爆発???と思った。なにもないところに大爆発なんてあってたまるかと思った。卵を使わずに卵焼きができるかと思った。
で、とりあえず、自分という人間は、全くの偶然、究極的には絶対に判明されぬ原因に由来する偶然の産物でしかないと知らされたようで、空恐ろしく感じた。自分が偶然の産物でなんの目的も意味もなく生まれてきたのだとしたら、自分が生きていることと生きていないことの間に、一体全体なんの違いがあるというのか。
この問いは、初めて発してからいままで20年ほど、俺の深層心理にこびりついて消えることはなく、ことあるごとに脳の思考に使う部分を完全に占拠してきた。
2000年の夏に東岡山工業高校にノックアウトされた日の夜に考えたのは、まさにこれだった。
俺の「世界」であった野球は、はるか彼方に飛び去ってしまい、俺は野球から拒絶され、それまでの俺を不気味な世界から守ってくれていた野球という外殻は失われ、剥き出しの無意味さが支配する荒々しい世界に放り出されたように感じたのを鮮明に記憶している。マスカットスタジアムに鳴り響くトランペットの音も蝉の声も、地獄の子守唄の趣味の悪い伴奏のようだった。
大学に入ってからは、宝塚の武庫川と京都の賀茂川の河畔で、もくもくと流れる水を眺めながら、「自分がいまここに在ること」の意味を理解しようと努めた。どうやって認識すればいいのかと思案した。だが認識しようとする主体たる自分の存在が意味不明なわけで、結局何もわかりはしなかった。時間があると人間はここまで不毛な思索に精を出す。
だけどねぇ、目的に向かって一直線に走れるような人間なら本なんて読まないですよ。
目的がある人生?そりゃ楽チンだな。だが目的が果たされたら、どうするかね。死ぬしかないのかね。
いやいや、そんなもんじゃないだろうよ。