2013年4月1日月曜日

沙汰無でした

「文武両道」とは、東大にパスするほど勉学をしているが、野球もできる(たとえば甲子園に行くチームでレギュラーである程度に)ということを意味するように理解されている。俺はこれが嫌いだ。二つが全く関係ないものと認識されているからだ。
野球でも釣りでも登山でも、突き詰めると運動生理学や心理学や栄養学や生物学や気象学の勉強に至らざるを得ない。
野球を突き詰めて行った結果、ある英語の初動負荷理論についての論文を読む必要が出てきて、練習のないオフの日に辞書を片手に丸坊主頭の高校球児が大学院生が読むような論文と格闘する。で、たまに図書館で本や論文片手にシャドーピッチングをする。
これがあるべき文武両道だ。
いや、文武両道なんぞ、結果としてそうなっていたーという程度のものだ。だが、辞世の句をさらりと読めるくらいの教養は欲しい。

建築家の安藤忠雄氏は、思い立ってはふらりと唐招提寺や東大寺を訪ねるらしい。はるか1000年以上昔にこんなものを建てた人がいるということに、気持ちが引き締まるのだという。彼の競争相手は、奈良時代に釘もクレーンも何も使わずにただただ人力であのような構造物を設計し、建ててみせた先祖達なのだと思った。戦う相手のスケールが違う。

川端康成の「雪国」を日本食スーパーで借りてきた。駒子や葉子が小説中で使う、いわゆる女言葉というものがなんとも芳しく聞こえるのは、俺の時代錯誤のせいだろうか。

「弟が今度こちらに勤めさせていただいておりますのですってね。お世話様ですわ。」

「あら、いやだわ、嘘。いやな人。」

(いずれも「雪国」より)

まぁ2080年頃には、俺と同じように時代錯誤な青年が、「ひいおばあちゃんがその昔彼女のブログとかいうものに書いていた、『あのケーキ、チョーやばい!』というあの若く溌剌とした言葉使いは、もう過去のものになってしまったなぁ」と嘆くのでしょうな。

少し前、バランスの悪い頭でっかちの赤ん坊を抱えながら、DCのスミソニアン自然史博物館に行った。猿からホモサピエンスにいたる頭蓋骨が時系列で並べられていて(だんだん脳が肥大してくる)、俺の娘がなんで生後10ヶ月経っても一人で立ち上がることさえできないのか(これは他の生物と比べると異常である。カンガルーの赤ちゃんは母ちゃんのお腹に入っているが)、よーく分かった気がした。
人類は、かつて大いなる賭けに出たのだ。サーベルタイガーをはじめ巨大な肉食獣の食事にもなっていた、毛むくじゃらの我々の祖先は、馬のように危険から逃れるために生後すぐに立ち上がり駆け出すのではなく、脳を肥大させる方法を選んだ。これは直立歩行が可能にしたことだが、単純な運動能力は減退しただろう。いまの人間のような巨大な脳を頭部に押し込もうとすれば、自然、身体全体に対して頭部の重量が増し、特に乳幼児期の危険は増したことは疑いようがない。
だが、ここにこそ人類が捕食される一種の猿から、地球を支配する最強の生物へと進化する鍵があったのだろう。
だから、俺は10ヶ月になった優子が未だ走ることができなくてもイライラしない。
それは猿から人類に至る数百万年の自然との闘いの果てに、我々のみが手にしたこの脳という最強の武器を涵養するための大事な期間だからだ。だから俺はやつにキング牧師の演説を聴かせてやり、歌を聴かせてやり、高く放り投げてやる。
存外の愉快であることを告白しよう。

◯東電はかつての軍部になっている。いや、されている。我々は、戦争に負けた途端に掌を返して軍部に対する批判を声高にし、敗戦の責任を軍部のみになすりつけたのだが、福島の原発事故を起こした東電をいまやすべての悪の根源として袋叩きにしようとしてはいないか。
東電に勤めているというだけで、家族まで周囲から苛められ、男性社員は合同的なコンパに行けないという。
東電になんの落ち度もなかったとは言えないが、東電は、少なくとも、国が定めた3mという防波堤の2倍の6mの防波堤を築いていたのだ。それだのに、あのような超巨大地震と津波の結果起きた衝撃的な事故の原因と責任を、ぐしゃっと丸めて東電にだけ押し付けていては、あの事故から我々が学ぶべき全てを学ぶことができるだろうか。
福島事故後の反原発の動きは、大東亜戦争に敗北した後の日本に絶えず存在した、あの独りよがりの平和主義とかなり似ている。いずれの場合も、綿密で正確な、未来への教訓を得るための総括がなされず、スケープゴートを一人だけ引っ張り出してはこの人を国民とメディアがこき下ろす。彼らには一切の反論の権利が与えられない。何か言おうものなら、「あんな事故を起こしておいて、まだ反省していないのか!」と、こうなる。
ところで、浜岡に21mの防波堤を築くのはまぁいいとして、浜岡に20mの津波がくる時は、名古屋港も名古屋市も壊滅して数十万単位の死者が出るんじゃないかと思うんだが、それへの準備はしなくていいのかね?