2012年1月14日土曜日

武蔵御嶽神社参拝!大口眞神!

明治神宮では本殿での参拝ができなかったので、年末から妻と行きたいねぇと話していた、武蔵御嶽神社に初詣に参る。御嶽山という東京は青梅と奥多摩の境の辺りに、背後に「大口眞神(おおぐちまがみ)神社」を従える、たいそ立派な神社がある。

なぜ昨年から行きたいと思っていたかというと、小倉美恵子『オオカミの護符』(新潮社)を読んだからだ。これは、わずか50世帯の農村から、今やえらくおしゃれな、7000世帯が暮らすようになった川崎市宮前区土橋に、先祖代々農業を営み暮らしてきた著者が、清潔で静かで華やかな田園都市になってしまった東急田園都市線の沿線地区にいまだに残る、日本古来の山岳信仰の在り方をアナクロニズムやロマン主義に陥ることなく描き出した傑作である。

東京に暮らさぬ幸運な方には不案内なことだろうが、渋谷から中央林間をつなぐ田園都市線の近代化・ブランド化たるや凄まじい。二子玉川は言うに及ばず、たまプラーザも新しい駅舎とその周りの商業施設も俺には都会的過ぎる。子供を育てるには、Gucciが徒歩8分である場所よりも1mの雷魚が潜む野池に徒歩8分で行ける場所のほうがいいだろう。

話を戻す。
この本の表紙がオオカミ(=大神)というのも最高だ。これほど俺を牽きつけるものもあるまい。(オオカミ=大神:http://yamazakura2050.blogspot.com/2010/10/blog-post_3719.html

広大な西関東平野を御嶽山から睥睨するこの神社の来歴は、次の通り(以下の大部分は、武蔵御嶽神社社務所発行のパンフレットより)。

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武蔵御嶽神社の創建は、第十第崇神天皇7年と伝えられ、延喜式神名帳(平安時代)には、大麻止乃豆乃天神社(おおまとのつのあまつかみのやしろ)として記されており、古くより関東の霊山として信仰を集めた。
祭神は、櫛真智命(くしまちのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなみのみこと)、廣国押武金日命(ひろくにおしたけかねひのみこと)、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)、御眷族大口眞神(ごけんぞくおおぐちまがみ)。
山岳信仰の興隆とともに、中世関東の修験の一大中心地として鎌倉の有力武将たちの信仰を集め、御嶽権現の名で厄除、延命、子孫繁栄を願う多くの人々の崇敬を集めてきた。武将の崇敬が厚かったため、国宝の赤糸威大鎧(あかいとおどしのおおよろい、畠山重忠が1191年に奉納)をはじめ貴重な武具もここに伝わる。
天正十八年に徳川家康が関東に封ぜられると、朱院地三十石を寄進され、慶長十一年大久保石見守長安を普請奉行として社殿を改築、南向きだった社殿は江戸城守護のため東向きに改められた。
人々の社寺詣でが盛んになるとともに、御嶽詣も、武蔵・相模を中心に関東一円に広がり、講も組織され、現在に至っている。
また、日本尊王(やまとたけるのみこと)東征の折、この地で難を白き狼により救われた。
(武蔵御嶽神社HPより:「日本武尊が東征の際、この御嶽山から西北に進もうとされたとき、深山の邪神が大きな白鹿と化して道を塞いだ。尊は山蒜で大鹿を退治したが、そのとき山谷鳴動して雲霧が発生し、道に迷われた。そこへ、忽然と白狼が現れ、西北へ尊を導いた。尊は白狼に、大口眞神としてこの御嶽山に留まり、すべての魔物を退治せよと仰せられた」)
明治維新により、御嶽神社の社号となり、さらに昭和二十七年武蔵御嶽神社と改められた。
現在の社殿拝殿は、元禄十三年に徳川幕府によって造営されたものである。
御嶽神社は、太占祭を行う数少ない神社の一つとしても知られる。太占とは、古代日本において行われていた、獣骨(主に鹿)を用いた卜占の一つだが、これがこの平成の時代にもいまだに1月3日に行われている。現在は群馬の貫前神社と武蔵御嶽神社でしか行われていない秘中の秘術である。
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JR青梅線、青梅駅と奥多摩駅の真ん中より少し南の、「ここが本当に東京か?」と言ってしまわずにはいられない田舎の山坂道をびぃとで登り、ケーブルカーに乗って武蔵御嶽神社の参道を目指す。

最大傾斜25度のケーブルカーで出発進行~
乗客は俺ら二人のほかにはカップルが一組だけ。
「テロ対策を行っております。不審物を発見されたときは...」というが、ここでテロをするテロリストはそうとう暇で仕事のないテロリストだろう。

ケーブルカーを降りて、参道(山道)を歩いていると、遠くに人家が見えた。こんな場所で生活ができるのか???と思っていると、これは宿坊である。

こんな宿坊が参道の周りを埋め尽くしている。すべての宿坊の玄関にはしめ縄が吊られ、神聖な場所であることを静かに主張している。
里からやってきた御嶽講中(後で詳述)は、直接山頂の神社に参拝することはしない。まず宿坊に立ち寄り、そこでお祓いをし、身を清めてから「御師(おし)」に導かれて再び山頂を目指す。
これが、「山入り」の作法であるそうな。約30軒ある宿坊は、いずれも御嶽神社に仕える御師の家だそうだ。各地の「御嶽講中」には、それぞれ古くから(数百年前から)行き来を重ねてきた御師があり、その宿坊に泊まってから神域へと近づく準備を行うのが御嶽参りの伝統的な作法なのだという(小倉、前掲、P.63)。

では、「講」とはなんなのか?
我が家でも親父が、「今日はお講じゃ」といって夕方村の近所の人の家にでかけていくことがあったが、「講」という言葉の使い方はかなりこれに近い。ここで言う講とは、「御嶽山にある武蔵御嶽神社にお参りに行く(村の)代表者を決める行事(小倉、前掲、P.38)」である。種まきや田植えの始まる前に、作業の無事と豊作を願うことから、毎年春先に行われる。昔は、多摩川が氾濫したり大雨が降ったりすれば、農民の生活はとたんに危機に瀕した。餓死者とは言わぬまでも、その被害は甚大だっただろう。さればこそ、関東一円から各地の講が毎年このはるか青梅まで(車から川崎から2時間だが、距離にすれば80km。しかもそのうち最後の10-20kmは険しい山坂道だ)通い詰めたのだ。小倉氏もいうように、切実な願いを込めて、講を組んでの御嶽詣は270年の長きにわたり現在まで続けられている。恐らく、講での御嶽参りは、厳しく苦しいだけの参拝というイメージではなく、一年に一度の「ハレ」の日でもあったのだと思う。
その証拠が、「百回記念」や「百五拾回記念」などと彫り込まれた、各地の講が神社の参道に建立しているこれらの碑である。俺は、こんな碑がかくも沢山建立されている神社を他に知らぬが、あるのだろうか?こういうものを見ると、明治神宮や靖國神社の、「社格」とは違う、神社としての「若さ」を思うのである。この御嶽神社には、東京に明治神宮も靖國神社もないころから、武蔵や相模の人々は詣で続けてきたのだから。


(この碑にある「犬蔵」というのは、東名川崎IC近くの地名である)
こんなちびっこも兄ちゃんに手を引かれて参拝しておる。いい子になるだろう。ママ様は少しヤンチャな風だったけど。 さて、ここまで書いてからようやくオオカミである。
まず、武蔵御嶽神社本殿正面の左右に、二体のオオカミが鎮座する。これをみて、「なんだかすごい狛犬だね~」と言っている参拝客がいたが、これはどうみてもオオカミだろう。これほど迫力のある、筋骨隆々とした狛犬は見たことがない。背中に大口眞神を祭る山でもあることから、オオカミと断定して間違いなかろう。この爪もどうみても獣の爪だしね。



本殿の後ろの小さな社を護る小さな狛犬(猪もおるかね?)達。

で、こちらが大口眞神の左右に鎮座する、迫力のオオカミ。

長大な牙、太く逞しい前脚、みるからに犬ではない、別の種の獣である。
この土地では、小倉氏が指摘するように、神への信仰の前にオオカミと人との関わりが1000年も以上昔からあったのだろう。
オオカミ信仰は、縄文時代にまでさかのぼる古いものであるそうな。

彼らに安産を祈願したから最早なんの心配もなかろう。靖國にも行ったし。

「オオカミ信仰」と「山岳信仰」については、交わるところとそうではないところがある。それぞれについて一度しっかりと勉強しないといけないようだ。

勉強不足ですみません。

俺が高梁川に育まれたように、武蔵の国の民は利根川・荒川・多摩川がもたらす水利から莫大な富を得ながらも、同時に台風や大雨の際には荒れ狂う大洪水によって途方もない損害を被ったことだろう。だが、それが肥沃な関東平野をもたらしもした。そうであればこそ、恐れながら、畏れながらも敬い崇めるという日本に伝わる古来からの自然と祖先への信仰が生まれ、育まれてきたのだと思う。
御嶽神社の参道に立ち並ぶ講の碑をみても、それらの多くが現在の多摩川の流域に存在する地区であることが多い。羽田空港の近くで東京湾にそそぐ多摩川は、武蔵国は笠取山に源流を発し、丹波渓谷、奥多摩を経由して、青梅、福生、昭島、立川、国立、府中、調布、世田谷、川崎を流れて東京湾に至る。その源流にほど近い御嶽山が、百姓にとってのカミであったことは、当然であり、それ以外にはあり得なかったようにさえ思える。

かつて、ここに暮らした百姓の皆さんは、毎年春には講を組んでまだ雪の残る御嶽山を目指して、多摩川沿いに歩を進めたのだろうと思うと、なんとも言えぬ豊かな思いが胸中に湧き上がってきた。
さらに、このような川が山の富を海に放つことで、日本は世界にも稀な豊かな漁場を沢山持っている。狭く険しい山がちな国であるが、まさに神州八島と呼ぶにふさわしい国ではないか。


何を信じていてもいい。どんな神に祈っていてもいい。だが、俺は、思う。
人として生まれた限り、大切なもの、自分よりも大切な何かが確かに世界にはあるということを思い宿しているべきである。それは、自身の栄達のためではなく、もっと大きなものに「祈る」ことだ。祈ることは、我々の行為のうちで最も貴いことだと思う。自分達の命を足元から支えてくれる山や川に対する心からの畏敬。それに対して祈ることを忘れてはいけない。それは、「環境保護」とか「エコ」とかいう流行りの言葉からの対極にある、それらよりはるかに重く優しい慈しむ心である。

日本人の自然信仰、山岳信仰の根本は、形式としての神社やオオカミを拝むことではない。それらは単に象徴である。天皇陛下がそうであるように。この外形的な行為の内側に潜む、母であり父である自然への畏敬の念こそが、この日本を世界に唯我独尊たる文明にまで押し上げたものに違いない。

それにしても、ケーブルカーの駐車場代が一律1000円というのはいかがなものか。さらにケーブルカーも往復1090円。既得権益の匂いがするぞ。

帰りは奥多摩駅近くの「もえぎの湯」で冷えた身体を温めた。やまめという魚は新鮮なものは刺身で食べられるんですね。知らなかった。

明日は、横浜に「松井冬子展」を観に行こうかと思う。
あぁそうだ。びぃとをNicoleに持っていかないと。X3が欲しいんだよなぁ。なぜって、べべすけが生まれたらキャンプに行くのもどこへ行くにも荷物が増えそうだから!
あぁ、物欲を正当化する論理なんぞいらんのだよ!!!
今日車中で聞いていた、長渕「友よ」はよい曲だな。
http://www.youtube.com/watch?v=pIiipsvaGEg
この曲、親父の赤い古ぼけたファミリア(アクセラの先代じゃコラァ!)でよくかかっていた。

狼さん付きのお札を張ってもらったびぃと。”へっへ~”という顔でした。
びぃとも真っ黒で筋肉質で狼っぽいですからね。

最後に、今日のベストショットをどうぞ!会社のPCの壁は当分これじゃ。

2012年1月10日火曜日

月夜にポツリと

主人と散歩しているときに、引き綱を自分でしっかりと咥えて進む方向をちゃんと見据えて歩く、真っ黒のラブラドールレトリバーを、さっきみかけた。
自分のことは自分できめるのだという気迫が表情に溢れた、たいそう立派な犬だった。
俺もああいう犬みたいになりたい。
我以外、皆師也。

山で暮らしたいという思いが日増しに強くなっている。これは考えているのではなく、俺の細胞の欲求であるが、べべすけと何をして遊ぶかも当然考えておる。

2012年1月2日月曜日

初詣、人の波、すたこら退散

靖國神社に行こうかと思ったが、明治神宮には初詣でいったことがないからと妻と表参道で電車を降りて、てくてく表参道を歩いて神宮へ。
明治大帝がお隠れになった後に造成された人工林であるが、すでに100年を超える樹齢の木々が東京のど真ん中に織り成す自然は、すでに人工という風貌ではない。近代日本の躍進を御身自ら先導された明治大帝と皇后殿下を祭る社に相応しい風格である。
が、当然ながら、明治大帝の御先祖をまつる伊勢神宮の畏れ多いほどの巨木が立ち並ぶ伊勢の参道に比べると、矢張り格の違いを感じもするのだけど。
日本の最も神聖な場所は、人工のものが少なく、手を付けなければすべての構造物は朽ちて自然に還る。ギリシャのアテネの神殿は、石を使って建設されていて、まさに自然界における生命の循環に立ち向って逆らうかのようだ。
だからなんだって?
つまり、日本の古い自然・祖先信仰こそ、ニーチェの永劫回帰の思想と親和的だということでしょう。
ということは、去年「超訳・ニーチェの言葉」が売れまくったのも、自然の摂理???

と、いうわけで、参拝したものの、人が多すぎて本殿まで辿り着けず、国家安泰と家運隆盛を祈願して渋谷のジュンク堂へ。
購入したものは、次の四冊。

・マーク・リラ「神と国家の政治哲学」
⇒政治と宗教を分離した、それに成功したと信じている我々である。
が、著者曰く、「歴史的には、違っているのは我々であって、彼らではない(注:つまり、分離した、できたと思っているのは我々だけだ)」。

・カエサル「ガリア戦記」
⇒松岡正剛氏はこれを高校生のときに読んだそうな。読書層というのは、中学高校でこういうものを読んでいるのだなぁと思った。俺はノーラン・ライアンの「ピッチャーズ・バイブル」とか小山さんの「初動負荷理論」とかばかり読んでおったわ。大学に行く気もなかったのだから、そりゃ当の然でしたな。

・エイミー・チェア「最強国の条件」
⇒帯に、日本再興のカギは「寛容」と「多様性」とあり、ピンときたので購入。
 この「多様性」というときに、やはり必要なのは、「地域主権」だろう。そして、それは地球の裏側で生産される原油や食料(とそれを持ってくる商社)に大きく依存しない、一定の自活経済圏を必要とするものだ。ここでは俺は一貫しているという自負がある。俺と同じころに大学や大学院で国際関係論や国際政治学を学んだものは、誰もが一度はジョセフ・ナイの「国際紛争ー理論と歴史」を手にとったことがあると思う。俺はこのなかで述べられている「世界がひとつにつなげられ、相互依存が深化している」ことがさもよいことのように描かれていたことに昔から大いなる違和感があった。これは、アメリカの住宅バブルで世界経済全体が狂ってしまって日本で中年男性の自殺者が増加するという可能性まで考慮していただろうか?とてもそうは思えないのだ。冷戦後のアメリカ的楽観主義の花盛りということだったのだろう。
早い話が、結婚していなければ、結婚の悦びもない代わりに夫婦喧嘩もあり得ないのだ。

・有本葉子「うちのおつけもの」
⇒土曜日のブランチはおむすびと旨い漬物が最高である。土曜日の昼間は軽い飢餓状態にしておくのが正しい。ミョウガの梅酢漬けなんて滅茶苦茶旨そうである。

それにしても、「~だけダイエット」の流行り方はなんなんだろう。
「巻くだけダイエット」、「座るだけダイエット」、「立つだけダイエット」、「背伸びするだけダイエット」、「計るだけダイエット」、「歩くだけダイエット」、「肉だけダイエット」、挙句の果てには「寝るだけダイエット」...そんな控え目なことを言わずに、巻いて座って立って背伸びして計って歩けばたいそう痩せるだろうに。
寝てて痩せられたらそりゃぐうたらな方には嬉しいだろうねぇ。
昔は「バナナダイエット」とか「リンゴダイエット」とかが流行ったことがあったが、ものを変えやり方を変え、(主に)女性の「痩せたい!」「綺麗になりたい!」という願望を市場で金に換えていく資本主義の力強さには平伏したくなりますな。とはいえ、十億人が肥満なのに、それと同じくらいの数の人が飢えている。力強い資本主義は、万能には程遠い。
長渕剛曰く、「デブは敗北だ」。


御節料理

"なんじら創造する者よ、高人よ、人間は所詮己の子のみを孕みうるに過ぎない。
何物によっても欺瞞せらるるなかれ! 説得せらるるなかれ!そもそも、なんじの隣人とはなんであるか?よしなんじらが「隣人のために」行動することありとも、なんじらはなお隣人のために創造することはありえない。
なんじら創造するものよ、この「-のために」を忘れよ。なんじらが「-のために」にも「-の故に」にも、一事を為さざること、これをしもまさになんじらの徳は欲する。これらの小さき偽りの言葉に対しては、なんじらは耳を塞げ。
この「隣人のために」はただ小人の徳である。かれらにあって言わるるは、「互いに相等しく」また「手を手で濯ぐ」である。なんじらが持つ利我の力をも権利をも、かれらは持たぬのである!
なんじら創造するものよ、なんじらの利我のうちには、孕める者の慎重と予見がある!いまだ何人も見たることなきもの-果実をば、なんじらはまったき愛をあげて、護り、養い、育てる。
なんじらのまったき愛のあるところ-なんじらの子の許に、また、なんじらのまったき徳はある!
なんじらの意思こそ、なんじらの「隣人」である。いかなる小さき虚偽の価値によっても、説得せらるることなかれよ!"

ニーチェ「ツァラトゥストラ」

2011年12月31日土曜日

29歳の顔

べべすけ、君の両親の平成23年12月30日の顔です。
父の髭面の理由は、この数週間「坂の上の雲」のドラマをテレビで観ていたからです。だから、最近の口癖は、

"ゼット!!!掲げぇぇっっっ!!!"

母の色白の理由は、パス牛乳をよく飲んでいるからです。

伊豆、大室山に登るロープウェイにて。

2011年12月28日水曜日

年の瀬に

いつの時代も、自意識過剰な我々は、自分たちが生きている時代は特別だと思いたがるものです。
自分という個人が社会のなかで特別な存在でありたいと思う感情と脈通じるところがあるものでしょう。
自分が生きている時代で世界が終わるとか、自分は世界の大転換の時代に生きているとか。
自分の死が世界の終末や現在の世界のあり方の終わりであると信じたい人は、確かに一定数存在します。

東北での大震災後、こういう言説は強化されました。
そりゃそうです。
映画「ディープ・インパクト」のような世紀末的映画でしか観られそうもない巨大津波が文字通り町そのものを飲み込んでいくところを目撃した我々は、原子力発電所の破滅的な危機も相俟って、世界はもはやこれまでと同じではありえないとか、世界は変わらなければならないとかいう多くの声を聞かされています。
もちろん、それは、多くの利益団体や既得権益者にとって、自分に望ましい方向に社会を変えるための最大の機会であるという大きな理由もありますが、最初に書いた理由からも、恐らくそれだけでは説明できぬものでしょう。

同じ年に、近代国民国家を真っ先に作り上げた欧州はといえば、終わりそうもない金融危機にのたうち回り始めました。
そして、民主主義が必然的に招導する財政における社会民主主義が、論理的帰結として財政危機に至るという現実を我々は目の当たりにしています。
そして、それが破裂したとき世界がどうなるのか、誰しもが固唾を飲んで見守っている、なんてことはありませんね。

大袈裟に言えば、産業革命以降の世界を形作ってきた技術主義と、資本主義と国家主義のアマルガムとしての大いなるシステムが終わろうとしているという時代認識がかつてないほど強烈に意識された年が終わり、新しい年がやってくるわけです。
だけど、新幹線は去年と同じように今年も年末年始の帰省客をいそいそと大量かつ正確に運ぶし、阿呆な芸能人はハワイに出かけ、大衆はその映像を居間のコタツで観させられるのです。

東北が、日本が、どれだけの損害をこうむったとしても、それは日本人1.28億人全員の生活を変えたわけではないし、まして世界をひっくり返したわけではないのです。

我々はひたすらに終わりなき毎日を生きて行かねば、生き抜いていかねばならぬということです。
年の瀬で区切りがつくものなんて、実際のところ何かひとつでもあるでしょうか。
恋愛、夫婦関係、仕事、戦争、外交交渉。
北朝鮮のミサイル、拉致問題。中国の海洋進出。欧米と日本の債務危機。
すべて、今日のこの日にも大いなる問題であるし、来年の元旦にもそうであるし、恐らく来年の年末にはさらに悪化しているのでしょう。

だから、年の瀬だ年賀だといって、ひたすらに流れていく自分の人生や歴史に、なにか決定的なものが生まれるわけではないし、新しいものが始まるわけでもないのです。

むしろ、これだけの危機の年の後であっても、こんなにも普通に正月がやってくることの異常さに注意したい。
そして、そう思うとき、我々の人生はどこまでも、ひたすらに平凡なものだと思い知らされます。
これだけ破滅的と思われ、実際そう言いふらされる地震や危機の只中にあっても、我々が生きているのは平凡なる日常でしかないのです。

人生に意味などない。そうかもしれません。
確かにあるとは言えない。少なくとも、「俺の人生には意味がある」ということを証明することは絶対にできないのです。
肉親を失った多くの同胞に、そう強く言いたいとも思わないし、それが正しいことだとも思えません。

だけど、そうやって平凡な毎日のなかに一度沈み込んでから、泥にまみれて這い上がってくるところに、我々の命が輝く場所が漸く存在するのだと思います。

人生を、「どうせ終わるものだから」と思って享楽的に生きて快楽主義に堕していくことも、あるいは阿呆な宗教者のように人生に大前提的に意味があると考えて熱狂することも、はたまた自分が他の時代とは異なる特殊な時代を生きていると妄想することも、畢竟、格好悪いのです。

格好良く生きよう。
断固たる決意を持って。

俺のために生きてくれたすべての人のために。俺の後に続くすべての人のために。

すべてを受け入れながら、しかしすべてに反抗しながら。

三谷原基拝

2011年12月23日金曜日

CDGにて

面白い本を読んだ。
小倉恵美子「オオカミの護符」新潮社、2011年。
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AA%E3%82%AA%E3%82%AB%E3%83%9F%E3%81%AE%E8%AD%B7%E7%AC%A6-%E5%B0%8F%E5%80%89-%E7%BE%8E%E6%83%A0%E5%AD%90/dp/4103316918
「社会にとって大切で必要であるけれど、まだ仕事になっていない多くのことがある」という言葉に強い印象を受けた。
その通りなのだ。
どれだけ優秀であっても、誰かが作った仕事をしている限り、どれだけの成果をあげても単なる秀才の域を出ない。
親になる身としては、我が子には「将来どんな仕事をするか?」などと訊くのは絶対しないことにしよう。ばかげている。
ただ、こう伝えるのだ。
「お前は日本を背負うために生まれてきたのだ。しっかりやれ」
こう言っておけば、まさか「職業の名前」で仕事を選ぶような阿呆にはならんだろう。そんな輩ばかり見えるのだが。
ところで、このオオカミ系の新しい本だが、抜群である。
俺が暮らす横浜市青葉区から程近い川崎氏宮前区土橋に昔からある”百姓”(なんで”百”なんでしょうね)の家に生まれた著者は、東急電鉄の大掛かりな開発によって田畑しかなかったこの土地がどんどん見目麗しい先進的な郊外都市になっていくのに戸惑っているとき、ふとオオカミの護符が彼女に目に入ってきたという。
そして、物語は青梅の御岳山のオイヌ様信仰を謎解きに至る。
青梅のオイヌ様といえば、その昔神武天皇東征の折に、このあたりに到着したとき、この地の神が怒って巨大な鹿を神武天皇の前に遣わし道をふさいだときに、二頭のオオカミが現われて神武天皇を導いたという伝説がある。
俺が、去年「狼=大神」というタイトルでこのブログにひとつ記事を書いたのはこの伝説に因る。
こういうふうに歴史を学ぶべきなのでしょうな。
織田信長が毛利ヤノスケに桶狭間で一番の褒賞を与えたとか、真珠湾攻撃のときに山口多聞は第二次攻撃をやる気満々だったとかいうも歴史なのだが、そうではなくて、自分の先祖が何を信じて何を思って生きてきたかということを知ることが、一番大切ではないのか。
そして、そういうことを物語ることが大人の仕事ではないのか。
あぁ、日本昔話を観たい。

TPP。
TPP反対というと、過去数ヶ月の間に何人かの人に「農協守って日本滅ぼすの?」と言われた。
前原さんの洗脳にどっぷりか?
このTPPは、明らかに覇権国家を諦めて帝国主義国家へと舵を切ったアメリカの東アジア・西太平洋政策の根幹を成している。
アメリカは、増大し続ける戦費をまかなえずにイラクとアフガンから撤退し、リビアにはトマホークを控えめに打ち込んだだけで大規模な作戦には参加せず、ムバラクに至ってはだんまりを決め込んでなるにまかせて失脚させた。
金融緩和と量的緩和を史上かつてないほどのレベルで行うことでドルを減価させ、輸出を増やそうと躍起である。
国内で豊富に産出されるシェールガスのために、アメリカはガスを中東から輸入する必要がなくなり、逆にガス輸出国になることすら考えられる。つまり、中東に巨大な軍隊を貼り付けておく必要はもはやない。もっとも、サウード家のアラビアが崩壊して油価が暴騰するところまでは許さないだろうが。
アメリカは、これから、世界全体のことになんでも空母を覇権する超大国・覇権国家であることをやめて、それよりも安上がりで効果的な19世紀的な帝国主義国家になることを戦略として選んだのだ。
この視点でTPPを考えるべきだ。
日本は戦後60年間、ひたすらアメリカに貢ぎ続けた。TPPはその最終装置である。もちろん国内にこのアメリカ勢力と利益を一にしている者(大手製造業、大手商社など)は存在する。その声を代表する新聞(日経)もある。
問題はイランだ。
もしイランが俺と同じように考えているとイスラエルが考えたら、イスラエルはますますイスラエルへの先制攻撃の誘惑に強く駆られるだろう。最近テヘランはホルムズ海峡封鎖作戦を実施するとかしないとか言っていたが、これなどはこういうブラフを言い、行いながら、ワシントンの反応を注意深く探っているのだろう。
アメリカが世界帝国をやめるとき、もっとも危険なのは中東である。東アジアは、将軍様が死んだといってもいまだにアメリカの強大な戦力がグアム・日本に維持されており、すぐに危機にいたるとは考えにくい。
地政学的に言えば、巨大な帝国主義国家は海洋覇権を巡って対立する運命にある。その意味で、大日本帝国とアメリカが戦ったのもマクロの視点から言えば、石原莞爾が言ったように歴史の必然であったし、これから中国とアメリカが対決をしていくのも当然のことだ。サンフランシスコの近海に中国の空母が遊弋することをワシントンが絶対に受け入れられないように、北京も台湾海峡に米空母がスィーと入ってくるのを許すことができない。
で、わが国はどうするのか。

橋下大阪市長と堺屋太一氏の共著(文芸春秋新書だったはず)を読んだ。
すべての組織は、自己の存在意義を肯定することを前提とする、激しく同感である。
だから、行政の側によって既存の行政組織(それがすでに機能していない場合)を改革してどうするこうするなど、できるはずがない。それは、大阪市役所だけの話ではなくて、つまりは日本国家のことでもある。
平松前大阪市長は、橋下氏の「大阪都構想」について、「大阪都?できるわけありまへん!」と見得を切っていた。
喧嘩慣れしていないまじめクンの発想である。
過去たった500年を振り返っても、世界でどれだけの帝国が崩壊し、王様が国を追われてきたことか。俺がいまこれを書いているフランスなどは、王様の首をギロチンでチョッキンと切ってしまった国だ。それが、自由・平等・博愛の国というのだからねぇ。
そういう歴史感覚で大阪や今の日本を眺めれば、「大阪都?できるわけありまへん!」なんて言葉は絶対に出てこないのだ。
「なぜ大阪都構想はだめなのか?」について平松氏は一生懸命語ればよかったのだ。
「これは戦です」と言う橋下氏は、政治の本質を誰よりもよく理解していると思う。
すでに利益を握っているものから奪い取りに行こうというゲリラまがいの戦い方は、すべての革命家が行ってきたことだ。多勢に無勢での戦いを始めたからこそ、革命家は革命家なのだ。
これから橋下人気に中央の怠け者政治家がすり寄って行くだろう。数年後に、橋下総理大臣ということもあながち無茶な想像ではなくなってきた。
時代を維持するのは常識人で、時代を作るのは変人奇人である。
今の日本に必要なのは、破壊である。

チェ・ゲバラの名言。殺されるその瞬間に射手に対して、
「落ち着け、よく狙え。お前をこれから一人の男を殺すのだ」
すごい。
なにがすごいのか。
彼は、別のところでこうも言っている。
「世界の別の場所での不正を自分のことのように思える人になりなさい。それこそが革命家としてのもっとも美しい資質なのだから」
彼は、自分の命を絶とうして狙いを定める射手に対して、自分のことを考えずに、射手のことを考えている。
命が奪われるその瞬間にさえ、「あ、こいつ俺を殺すのに緊張してやがる」と思える男というのは常軌を逸しているのだが、ゲバラはそのレベルの人間だったのだろうと思う。

少し前にスターバックスを設立したハワード・シュルツ氏の本を読んだ。「スターバックス成功物語」。
株主対策という面もあるから、8割りがけで読む必要はあるが、スターバックスがどういう会社になりたいのは気持ちいいいほど伝わった。
世の中、正しいことなどない。いや、あるんだけど。誰もが好き勝手を言ってえらそうにしていやがる。

子供の名前は、女の子なら「三谷原優子」、男の子なら「三谷原国義」とすることに決めた。
ぜんぜん優しくないサッチャーのような女や国の義なんてどうでもいいと叫ぶ新時代の共産主義者になるかもしれぬが、まぁそれはそれでよかろう。
なんせ俺の名前は、「基本が大事じゃろうが」ですから。
ちびすけを抱っこしてショルダープレスをしたりスクワットをしたりするのが今から待ち遠しい。

2011年12月17日土曜日

呆け頭の独り言

こんにちは。

よい天気です。
冬だというのに、南を向いた窓の傍の僕の書斎は、右舷45度からの真冬の温かい陽光が黒のアンダーアーマーをぽかぽかに温めてくれて、ついつい読書をしていると睡魔ーなぜこれは睡”魔”なのでしょうねーに襲われてしまいます。
まったく、こういう休日の昼下がりに、妻が淹れてくれたスマトラの珈琲を飲んでいると、ドイツが南欧のひとたちの生活を破綻させてでもハイパーインフレの悪夢を絶対に避けようとしていることや、アメリカが世界帝国たる目標を捨てて)、代わりに確固たる帝国主義国家としての勢力圏をTPPによって東アジア・西太平洋に作り上げようとしていることや、大王製紙の元会長のかつての香港での豪遊や、東電福島第一原子力発電所の怪しい「冷温停止」や、東北の被災地に訪れた厳しい冬のことなどを、完全に違う世界のことのように思いがちなのは、一体全体僕の想像力の欠如の故なのか、それとも一見したところ明らかな幸福の悪しき結論なのか、よく分かりません。
実のところ、最近の仕事における忙しさによって、頭が多少呆けているようです。暖房のせいでしょうかね。

僕の妻のお腹に僕らの子供が生まれたことが判ってからようやく1か月半が経ちました。
もうすぐ妻の妊娠も五か月目になります。
自分が父になる準備が完全にできたと思って父になる男がいないということは、死が眼前に訪れたその瞬間に、なんの後悔もなく健やかに死ねる確言できる男がいないということと同じように思います。
だけど、それでもみなたまに苦悩呻吟しつつ、たまに悦びに泣きながら、父となり、親父となり、爺ちゃんになり、死んでいくのでしょう。
死に向かう道程に数多ある一里塚の一つが、我が子を生み育てることであるとすれば、確かに僕はこの小さな世界のなかを走る自分の一本道の宿場のうちで、疑いもなく最大のものの一つにようやく到達しようとしているようです。だからといって、そのことが意味するものは僕の個人としての偉大さへの接近でも後退でもないことは明らかですから、僕は自分の子供だけを生きがいとして生きるようではいけないわけです。これは、絶対に正しいことです。
というよりも、生きがいがなければ生きられないという弱い男では生きる価値はないし、さっさと死ねばいい。生きがいなんぞあろうがなかろうが、ライオンはシマウマを襲うし、人間は戦争に向かうのです。

なんと言えばいいのでしょうかね。
僕は、足りぬ頭で自分の子供が生まれるということの意味を、論理的に記したいという欲求を抑えることができないのだろうと思います。
だけど、歌い踊ることが常に論理を超え出て行くように、この世界には確かに論理と科学では捉えきれないものがあって、自分の子が妻の子宮に宿っているという事実そのものが、記述の対象ではないように思います。
別に、それを感動的なことだ!と決めてかかっているわけではないのです。
なぜといって、どれだけ個人にとっては感動的で衝撃的な自分の子供の誕生も、統計的に見れば一つの数字でしかないし、産婦人科の看護婦さんからしたら、僕の子供の誕生は、僕がオフィスからお客さんに電話をして話をすることとさして変わらぬことでしょう。

子供が出来ると、死がそれまでよりも身近に感じられるという体験をした人が必ずいるはずです。
新たな命の誕生の予感はーしかも自分の命を引き継ぐ自分の子供ーは、その反対側にあるもの、つまり自分の死を、とても優しい女性的な方法で僕に突き付けざるを得ません。
新しい世代が生まれ、成長していくことは、必然的に、自分が老い朽ちて骨となっていくことと完全に生物学的に連動しているわけですから。

結局のところ、孤独と死こそが我々にとって最も大切な友人なのです。彼らは、常に僕の側にいて、僕を詰り、中傷し、励ましてくれるのです。
妻と子を、人生における救済者としてしまうところに我々男の最大の過ちがあるのです。そうすることによって、男は男であることをやめてしまうのです。いや、それが幸福であるという選択もあるのでしょうが、それは僕が認める「男」としての生きざまではないのです。
むしろ、彼らは、われわれに生きがいを与えてくれる人たちではなくて、家族という最も近い存在でありながらも依然として渾然一体とはなれぬという現実を我々に明証することによって、我々を叱咤激励してくれる、そういう存在なのだと思います。男は、無意味な人生という当たり前の現実から逃げることなく、その荒漠たる砂漠にビルを建てるように自らの意味を打ち建てる場合にのみ、男たりえるのです。
もし、自分の家族が存在しなくなったときに、打ちひしがれてすべての活力を失い末人のような風貌を曝す弱い男を、どうして妻も子も尊敬して憧れてくれるでしょうか。僕は、弱さの故につながりあう二人の関係を唾棄したい。強さと強さーそれは、互いの死を別個のものとして断固として受け入れて、個人としてこの世界に立ち上がった男女の精神の姿勢ですーで結びついた男と女でなければ、世界に「否!」と喧嘩を売ることができる個人は育てられません。

そう理解するからこそ、われわれは、「他人」である家族を愛してやまないのです。

妻が後でぼそっと言うのですが、「誠実であることは孤独だ」そうです。
ふーむ。

ではまた。
最近ノートに書きためていることを書き連ねようと思います。



2011年11月7日月曜日

合理性の陥穽

自分の将来について考えるときに、ロードマップを描いて段階的に課題をクリアしていくことはよいことだが、ここには一つの問題があるように思う。

現在から将来を見通す自分は、当然ながら現在の自分だ。20年後のあるべき自分というのは、10年後の自分がさらに10年を生きた後の自分なのだが、この10年後の自分がどうあるかついて判断するための基準は、いまこの瞬間の自分だ。

だから、この目標設定は、それまでの人生での自分の生き方や実績を考慮した上で作られる、合理的な目標になりがちだ。だからこそ、現在の自分からみて実現可能(と思われる、合理的な)小さな課題を順に積み上げて行く。

中卒の人が一部上場の会社をつくるというような"夢"は、この思考からはどうしでも辿り着けない。

将来の俺は今の自分からは想像もできないほど大きな人間になっているだろうし(というよりも、今の俺の人間が小さ過ぎる)、またそうでなければ俺は俺自身に退屈してしまうだろう。誰よりも永く付き合うのは俺自身なのだから、俺は自分をわくわくさせるような自分自身であらねばならん。そこへ至る道をいまの俺は想像できないが、もしできるならば俺はすでにそんな人間になっているはずだ。だから、諦める必要は全然ない。

つまり、可能性は上にも下にも無限だ。 俺自身が勝手に縛り付けない限りにおいて。

中庸の暮らしが保証されていない代わりに、俺は何物にでもなれる。

もうすぐ人生の半分の30歳だがこの確信は揺るがない。

中卒だった本田宗一郎は、ホンダがただの部品工場だったころから、朝礼でみかん箱に立って「世界のホンダになる!」と叫び続けたそうな。そして、この非合理的な目標を達成するために合理を超越した努力をひたすら続けた。その結果が、いまのホンダなのだ。

必死即生也。