2013年12月23日月曜日

伊藤之雄「伊藤博文」


年末の推薦図書。

伊藤博文といえば、初代内閣総理大臣だということを知っている人は多い。
だが彼が大日本帝国憲法発布、施行のためにどれだけの貢献をなしたかはあまり知られていない。ような気がする。やっぱり山縣が公布のときの総理大臣だったしね。
最近の韓国関連の報道もあって、安重根という犯罪者に殺された初代朝鮮総督として知られているかもしれない。
この著者(京大教授)の、淡々とした歴史論述は、あくまでアカデミックな書き方に終始する。冷静である。第一次史料を丹念に追い続ける。あまり興奮を誘うようなものではないと言ってよかろう。
だが、その緻密な調査と論考をたどり続けていくと、そこらの歴史小説の何倍も面白い自伝であることがよくわかる。それもそのはず、伊藤や彼の時代が生きたあの時代そのものが、英雄物語の豊かな土壌であったからだ。そこで活躍した伊藤博文という偉丈夫もまた素晴らしい。
西南戦争などの不平士族の問題、憲法発布と施行、国会開設、不平等条約改正、清国・ロシアとの朝鮮半島をめぐっての戦争・外交、to name just a few。
現代日本の出航のとき、政権中枢で最も重い任にあった伊藤という人間の青壮年時代を読むことで、一国を、あるいは組織を指導していくものが持たねばならぬ恐れと緊張がよく伝わってくる自伝である。
想像して欲しいのだが、今までサムライの国だった日本の今後の国の形を決定する憲法を、他にまったく知っている人がいないなかで自ら学び、欧州でシュタインに教えを請うて、一人で書き上げていくという行為は、そこらの作家が「作品を書くことは孤独なことだ」などとほざいて言う孤独とは桁が数段違っている。これほど恐ろしい仕事があるだろうか?一つ間違えれば人が死に、国が滅ぶのだ。
もう一つ言いたいことは、大日本帝国憲法に「天皇は神聖にして侵すべからず」とあることや統帥権を天皇陛下が持たれたことなどから、立憲主義国家の憲法ではなかったなどとして、これを克服したのが日本国憲法であるなどという向きがあるが、大間違いもいいところだ。
第四条では、「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」とあるし、第五条には、「天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ」ともある。この憲法のどこをどう読んだら独裁権力が陛下に付与されているなどと読めるのか。