2010年10月31日日曜日

読書論

平均的な28歳の日本人よりも、読んできた本の数は少々多い方だと思っている。
文系の修士だから、そうでなければ恥ずかしいのだが。

ここでは俺なりの本の買い方、本の見つけ方などについて書きたいと思う。

まず、書店には必ず毎日脚を運ぶ。基本的には、夜帰宅の際に渋谷、あるいは最寄駅の書店に立ち寄る。
夜まで仕事が遅くなりそうだと思ったら、昼ご飯を立ち食いそば(これが感動的に不味い!!!)で3分で済ませて、残りの昼休みを外苑前駅側のLibroで過ごす。
その際の順番は、まず週刊誌および月刊誌。必ず目を通すようにしているのは、”週刊現代”、”週刊ポスト”、”週刊文春”、”週刊新潮”、写真週刊誌”Days"、”AERA”、”文芸春秋”(これは毎月買っている)、”中央公論”、”世界”、”諸君”、”論座”、”正論”。次いで、その向かい側にあるファッション雑誌(女性誌もみます)。それから車やスポーツのいわゆる男雑誌。そのあと場所をぐるっと変えて、ハードカバーの時事についての本が並んでいる書棚へ。そこからゆっくり移動して新書の棚ではじっくりと時間をかける。特に、信頼している中公新書と講談社新書の新刊はできるだけ多く目次に目を通す。これでとりあえず一段落。ここまででだいたい30分くらいかかる。そのあとは、先に見た本や雑誌で気になったものをもう一度見に行って、「本棚にいれとくべき」と少しでも思ったものは迷わず買う。
(あまり皆さんご覧にならんと思うが、”Days”は優れた写真週刊誌です。Fridayもいいが、こちらも是非)

休日、時間がたっぷり(2時間~)あるときは、大型書店にいく。関学時代は西宮北口のジュンク堂。京都時代は四条河原町のジュンク堂。東京にきてからは丸の内の丸善。最近、渋谷の東急本店6Fに丸善&ジュンク堂ができて、俺の寮からは30分でいけるので重宝している。
この時は、画集・魚や恐竜の図鑑にまで探す本を広げる。告白すると、休日の巨大書店で恐竜図鑑を時間を忘れて眺めることは俺の大切な趣味である。
なにせ時間があるので、この時は平日の昼休みのようにバタバタとは動かない。広大なフロアを散歩しながら、いつもは見ようとしない本にできるだけ出会えるように努めている。

以上がざっくりとした本屋の使い方。

では、よい本をどうやって探すのか。
まず、週末の各新聞の書評はある程度注目するようにしている。特に、読売が俺の好みだ。朝日はたまにイデオロギッシュ過ぎるが、その筋の著作を探す場合にはよかろうと思う。
今にして思うが、よい本を薦めてくれる「読書仲間」を持つことは人生において非常に重要だと思う。
これだけ情報があふれた時代であっても、ニーチェが言うような「人格を変えてしまうような」本に出会うことは稀だ。まぁ、そんな本だらけだったら多重人格者になってしまうだろうが。
それと、「必読著者」という枠を俺は設定している。現在は、西部邁・佐伯啓思・岩井克人・佐藤優・水野和夫・トマス・フリードマンなど。さらに、「この単語がタイトルに含まれていたら買う」という単語も決めている。例えば、「ハイエク」・「エドマンド・バーク」・「山田方谷」・「戦略論」など。
松岡正剛氏の”千夜千冊”も参考にしている(http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0001.html)。
もちろん、読了した本のなかで著者が頻繁に引用していた文献・参考文献に芋づる式に読書を広げていくのは常套手段である。

読書について難しいのは、幅を広げる必要があるのだが、他方で自分の専門分野(俺なら政治思想・安全保障と言いたい)を深めていく必要もあることだ。そのためには、読書ノートを作って、定期的に分野別の読書計画を策定して実行するほかないのだろうと思う。

読書は趣味ではない。趣味がゴルフである人は、嫌いになったらやめてしまってもよいが、読書はそういう類の活動ではない。
人間は生きている限り、量の大小はともかく、死ぬまで読書を続けなければならないと思っている。
「本なんて読みません」という傲慢人間とは会話が成立する気がしない。



航空会社の敵はGoogle?

たまに台湾に出張に行くことがあるので、羽田空港から台湾の松山空港(桃園空港よりはるかに台北市街に近い)に飛べるようになったのは嬉しい。
しかし、羽田の国際ターミナルが稼働したばかりだけれど、俺はやはりLCC(=Low Cost Carrier、格安航空会社と日本では呼ばれる)の日本乗り入れのほうに注目している。
アジア最大手のLCCであるAir-Asia(http://www.airasia.com/my/en/home.html)が、最近日本に乗り入れた。Kuaralunpurまで最安値ではなんと5000円で運んでくれるという。5000円では”こだま”で東京駅から小田原のちょっと向こうぐらいまでしか行けない...!これはフリース1000円の価格破壊という次元ではないだろう。ちなみに今調べると、Kuaralunpur-羽田の往復はJALで72,000円(当然エコノミークラス)。文字(数字?)通り、桁違いなのである。
米国国内線のシェアは、Jet Blue、SouththWest、AirTranの3社で約20%を占めるにまでなっている(http://www.asahi.com/business/topics/economy/TKY201007030368.html)。欧州では最大手のRyan Airが好調だ。航空業界の地殻変動が、ついに日本にもやってきた。

10,000円で東南アジアに飛んでいける。あるいは、LondonからParisに5,000円で飛んで行ける。
こういうことは、俺は当たり前のことだと思う。
では、それはいかなる意味で当たり前か。
成田からジャカルタやクアラルンプールをJALで往復して7万円だとか8万円という値段は、インターネットが万人に普及せず、東京とジャカルタの間で連絡をとろうとすれば高額の国際電話料金か郵便代を負担しないといけなかった時代の名残なのだ。世界に出かけること、日本を出ること、海外の人と連絡をとることが「非日常」だった時代の昔のことなのだ。
2010年の今日、普通に暮らしている庶民はジャカルタに暮らす友達と話すならば、普通Skypeを使うだろう。つまり無料だ。カメラを付ければ顔を見ながら会話できる。話す必要がなければ、Gmailを使ってメールを送るだろう。写真だろうが動画だろうがなんでも基本的には添付して送付できる。当然無料。

そういう時代に、その友達が暮らすジャカルタに飛んでいくのに、8万円をあの狭苦しいエコノミークラスのシートのために支払おうという者は、最早多くないのではないかと思う。現在においては、情報通信技術の飛躍的向上と低価格化(というよりも、”Free化”)によって、人々が自身の移動に支払ってもいいと考える金額は、決定的に下落しているのだと思う。つまり、「直接会って会話すること」の価値が、相対的に低減しているのだ。もちろん、彼らの懐事情のために毎回の渡航のために数万円を支出できぬという事情もある。
かつては高給取りのビジネスマンや富裕層だけのものであった海外渡航は、完全に「民主化」された。それを背景にあって招導したのは、限りなくゼロになった情報の蓄積と交換にかかる費用である。
LCCというのは、航空業界が我々の生活するインフラの改善と変異に対応したものだと理解してよいと思う。航空会社の敵は、航空会社のみならず、実はGoogleなのかもしれない。

独り言:

大好きなPremium Molt'sに”黒”が出た。早速買ってきて今ジャガリコのじゃがバターをつまみにちびちび飲んでいるが、これ、たいそう旨い。みんな是非飲んでみてちょうだい。
暖炉の前のソファに腰掛けてドストエフスキーを読みつつMacalanを飲んでいる...というのは何年後でしょうかね。いや、囲炉裏の側で作務衣姿で黒霧島か。

ロッテマリーンズの主将、西岡選手。
最近この選手の顔つきが全然違う。かつては茶色い髪の毛で「ちゃらーい」感じだったのだが、今の顔つきは完全にサムライ、大人の男の顔だ。ああいう顔つきに俺もなりたい。
彼だけではない。サッカー日本代表として南アフリカで活躍した長谷部選手、イタリア・セリエAに移籍した長友選手。いずれも俺より年は下だが、本当に立派な顔付だと思う。男は自分の顔に責任を持たねばならん。

不藤(先日の投稿参照)はニースの隣町の語学学校の庭に生っていたミカンを捥いで食うてたらそこの庭氏に叱られたそうな。いやはや、なんとも自由ですなぁ。普通、なかなか捥いで食べんよね。みかん。



TPP(環太平洋連携協定)と農業

TPP。トランス・パシフィック・パートナーシップ。環太平洋戦略的経済連携協定。
なんでもかんでも英語で略すから、東アジアだけでもAPECだのARFだのASEANだのごちゃごちゃになっている。またその一つか、、、と思いながら、日経新聞が毎日TPPについて「はよせんとバスに乗り遅れますよ!」と大慌ての体で書いているのを読んでいる。これは、チリなど四カ国が始めた自由貿易協定を基に、米・豪など計九カ国が協定の拡大・改定について交渉しているものだ。関税撤廃の例外を絞り、貿易自由化の度合いが高い協定を目指すもので、加・韓・中国も関心を示しており、日本も加われば文字通り環太平洋の巨大貿易圏が誕生する。

日本にとっての論点は、要するに「農業保護か、自由貿易による製造業支援か」ということになるのだろう。現状では、管首相は来月の横浜でのAPEC首脳会議で参加表明をするそうだが、政府にも民主党内にもTPPへの反対は非常に強くある。当然ながら、農業団体・農水省は必死になってTPPへの参加表明を阻止しようとしている。全国農業協同組合中央会(JA全中)の茂木会長は、10月28日の記者会見で、TPPへの参加によって、「農業が壊滅し、農業機械といった製造業、運送業など幅広い産業が影響を受け、地方の雇用が失われる」と述べた(http://www.jiji.com/jc/c?g=eco_30&k=2010102800737)。価格競争力のない日本の農産物は、関税の庇護を失えば、海外からの輸入農作物によって圧倒されてしまうという。

これに対して、日経新聞は、TPPへの参加が必要だという立場であり、打撃を受けることがほぼ確実な農業については、「関税による保護から財政による保護」への政策の切り替えで対応し、米などの国際競争力のあるものとそれ以外(たとえばこんにゃく芋や砂糖)を分けて、前者についてはこれまでの減反政策を廃止、後者については追加的財政支出は不可欠と主張している(http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE3E5E0E0EAE4E5E2E0EBE3E2E0E2E3E28297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D)。

簡単な事実と対立している意見を羅列したが、俺はこの問題について回答を出せていない。
韓国との比較で考えてみよう。
日本と主要産業がほとんど同じであるお隣韓国は、既に米国・EU(注)という巨大市場とFTA(Free Trade Agreement)を締結済であり(批准はまだ)、東南アジアの多くの国とのFTAはすでに発効している。たとえば、2015年には現代自動車がドイツに輸出する自動車に関税はかからなくなるが、ニッサンの自動車はEUが域外から輸入される自動車に課す10%の関税がかかってくる。韓国自動車産業はまもなく日本よりも100m競争で10mも前からスタートすることになるのだ。ただでさえ労働力が日本より安いのに。韓国のGDPに占める輸出の割合は実に45%。日本は、日経新聞の円高恐怖症のせいでひどく輸出依存度が高いように思われているように思うが、実際は韓国30ポイントも低い15%。韓国が、資源国(韓国は日本と同じ程度の資源輸入国)や新興国(韓国は海外市場がどうしても必要)とのFTAを戦略的に結ぼうとする理由はよく分かる。そもそも、少女時代などのアイドルグループがわざわざ日本語をおぼえて日本でデビューするのは、国内市場が製造業だろうが芸能だろうが小さすぎるからなのだ。それと製造業についても構図は同じなのだ。

では、日本はどうするべきなのだろうか。
農業の競争力強化。生産規模の拡大。海外への生産物の輸出。ぐらいだろうか。
アメリカの27分の1の耕地に、500分の1の牧草地に、アメリカの1.8倍の農家がひしめいている。そしてのその農家は後継ぎがおらずほとんどが60歳以上。
戦後日本=自民党一党支配=地方の土地持ちの支持基盤。
なにやら問題が見え隠れするよなしないような。。。

引き続き考えます。

「農業と製造業」、あるいは「財政と農業」についてご意見をお持ちの方、あるいは読むべき本はこれ!というのがあれば、ぜひ教えてください。
よろしく頼みます。
キーワード:「農業生産性」「食糧安全保障」「個別所得補償制度」「地方の景観維持」「製造拠点の海外移転」「円高」などなど

(注):EU-韓国のFTAでは、米が除外されている。ただし、EUでの米の生産はスペイン・イタリアで細々と行われているだけで、EUにとってはさしたる問題ではなかっただろう。さすがにというべきか、キムチの国はやはりトウガラシもFTAの対照から外している!したたかなるかな、大韓民国。これをして我は「キムチ安全保障」と呼びたい。キムチのない韓国は、廻しをつけない相撲みたいなもんですね。

独り言:

ところで、管首相の口から出てくる、日中間の「戦略的互恵関係」という言葉、恐ろしいほど内容空疎だ。さすがに我が国の首相なので、「阿呆の空念仏だ」と言ってすますわけにはいかん。
人民解放軍海兵隊が尖閣に上陸してきても、「戦略的互恵関係の維持が大切だという点で我々は一致している」とでも言うつもりか?国内政治だろうが国際政治だろうが、ゼロサムの局面があるから政治があるのであって、十分に大気中に存在する酸素をめぐっては「政治」は発生しないし、発生する必要がないのだ。
”国際政治とは、ほかのすべての政治と同じく、希少資源の権威的配分である”(ハンス・モーゲンソー)
日本人よ、戦争はしなくていい(しないといけない)が、戦争をする覚悟を持とう。じゃないとヤクザに脅されて終わりだ。世界におまわりさんはいない。おまわりさんがいないからイラクの10万余(多すぎやしまいか?阪神大震災でさえ犠牲者は1万にはるか及ばぬ)の民は米軍の「誤爆」で殺されたのだ!!!

米国中間選挙がまもなく。茶会党がブイブイ言わせとる。
だが、建国の理念が、「権力への批判=個人主義(銃保持の憲法による保障⇒革命権?)」である国って、そもそもどうなんだろうか???そもそも国家というのは”神話”の上に成立するものだと思う俺からすると、今回改めてあの国の異様さを感じざるをえない。ホッブズが「リヴァイアサン」で書いた怪獣の姿が、これまでのアメリカという国の暴力専横ぶりに重なって見えるのは俺だけか?
まぁ、「俺の税金を博打やって大損こきやがった弩阿呆バンカー野郎に渡してくれるでねぇ!」というサウスダコタ辺りの農家のおっちゃんの叫びは、分からんでもないのだが。(銀行・証券業の方へ:銀行・証券業=博打だと俺は考えてません。一部企業においては、そういう要素もあったのだろうという程度に思っている)

ブログ開始より約5か月。投稿は約100。
これぐらいのペースを維持していこうと思う。


ニーチェの死生観

”多くの者の死するは晩きに過ぎ、少数の者の死する早きにすぎる。かの教えは、いまだなお耳あたらしく響くではないか、-「死すべき時に死ね!」-ツァラトゥストラはかく教える。もとより、生くべきときに生きざる者が、いかにして死すべき時に死にえようぞ?
・・・我は教えよう、ー生ける者のために針となり、かつ誓約となるべき、完成せしむるところの死を。
完成せしむる者が死ぬるや、希望する者、誓約する者に囲まれて、勝利の栄光の中に逝く。
人はいかにして死ぬかを学ばねばならぬ。かくして、死にゆく者の死こそは、祝祭である。かならずや、生き残る者の生を浄化する!
かくのごとく死するは最善である。次善は闘争の中の死である。・・・”

-ニーチェ、「ツァラトゥストラかく語りき」上巻、P.167-168

今年2月の俺のノートにこんな書き込みがあった。似とる。
(我が叔母の死に面して、我が祖母に宛てた手紙の一文である)

・・・しかし僕はこう信じます。
真っ当に、美しく生きた人間の死は、けっして誰も不幸にしはしない。死別の悲嘆を乗り越える力を豊かに与えてくれるのは、故人の無言の強い生き様であると。それは残された我々に、感謝、敬虔さ、さらに生きるための活力を与えてくれると思うのです。おばちゃんはすでに天に上がられ神となられました。僕は今日、おばちゃんに天でやがて会うときに恥ずかしいおもいをさせぬようこれからの人生を必死に生きるのだという覚悟を新たにしました。つまり、我々は他者の精神において永遠に生きることができるのです。
僕は、おばあちゃんの孫にうまれ、大切に滋養頂いたおかげで、この国を愛し、人のために命を燃やすのだという決意を持つことができました。これだけでも十分過ぎる幸福です。おばあちゃんの娘として生まれたおばちゃんも、僕以上に幸福なる人生を生き切ったのだと、誰しもがそう信じていることを僕は全然疑いません。

己の死を祝祭としよう。
己の葬式が、涙も重大な喪失の感もなき、浅薄な形式のみの儀式にならんことを恐れよう。

「あるべき死とは、あるべき毎日の積み重ねの上にしかない」(ニーチェ)

追伸:俺が、ここで「死」について語ること、それを以て俺を誤解されることは全く我が意図に反する。俺は、現代人のほとんどは、死を遠くに追いやりすぎたと思っている。そのせいで、生の輪郭がぼやけまくりではないか!生きてるのか死んでるのかよう分からんサラリーマンの月曜日の朝の電車の顔’s!どうせ50年もすれば同窓会名簿はスカスカになっていくのだ。その時間を、「まだまだ長い」とみるか、「あと50年しかない!」とみるか、どちらが生きるに値する人生か?
俺が生きる日数は、今日2010年10月31日を含めて、残り13,654日である。何年何月何日でしょう?長生き過ぎるかなぁ?


2010年10月28日木曜日

遅ればせながら~10月16日の結婚式(斉藤、有賀ちゃん)

大樹(背番号1)の左側は、2000年の夏の岡山県大会予選準決勝で城東を粉砕した岡山理科大外付属高校の四番を打っていた河本君。妙なつながりってあるもんだね。

山口(左)は、マックでチーズバーガーさえ注文できない英語力で(ほんとうか?まぁ俺の友達の内田君はイタリアレストランで「お水下さい」と言ったらオムレツが出てきたが)単身ギター一つ抱えてニューヨークのセントラルパークで歌っとったそうな。その行動力に敬意を表したいと思う。

10年ぶりに会おうが、5年ぶりに会おうが、昨日も酒を飲んでいたかのように話ができる。
そういう関係を作ってくれたのは、あのガッデム!な経験だとしたら、それは喜ばしいことだ。
俺は高校野球では単なる負け犬だった。そりゃもう雨に打たれてNYのダウンタウンをさまようリトルチャロみたいなもんだ。
仮にもう一度俺に人生があったとして(要らんが)、そして現在の人生を記憶したままもう一度人生を生きられるとしたら、俺は素直に「絶対もう一回城東で野球をやる!」とは言えない。
だけど、長く重厚な熟慮の末に、絞り出すように「もっかいやっちゃる」と言うのだろう。
軽々しく、「絶対もう一回やる!」と言えるような経験ではない。
生きていることが恥ずかしくなって自分の存在意義を問う破目になるほどの強力で美しい屈辱を俺に与えてくれた野球、楽しいことをやっているだけでは到底獲得しえない奥深い何か、そういうものを徹底的に教えてくれた野球を、小学校の時からずっとやらせてくれた両親に感謝したい。

オ~見事に俺のことばっかり...ごめんよ斉藤。

ところで、三次会(四次会?)のカラオケでの大樹と俺の対照が俺には面白かった。彼は「青春アミーゴ」(「地元じゃ負けしらず」ってどういうことなんだろう???)をフリつきで歌ってみんな大爆笑。俺はいつも通りに「宇宙戦艦ヤマト」やら長渕「桜島」を歌った(歌うのに必死でみんなのノリなんて見ちゃいません)。二人がやっている仕事はそっくりなんだろうが、決定的に異なる10年間を過ごしたことの証左だろうよ。違うことは素晴らしいことだ。一緒の人間が群れることには、生物学的にも社会学的にも、なんの意義もないだろう。

2010年10月27日水曜日

雑誌Foresight :中国が進める東南アジアの「裏庭化」 by 樋泉克夫 

中国が進める東南アジアの「裏庭化」

2010/10/01
愛知県立大学教授

 菅直人政権は尖閣諸島問題を国内法に基づいて粛々と処理すると胸を張っていたはずが、高まる中国の圧力を前に唯々諾々と従うかのように中国人船長を釈放した。にもかかわらず、却って中国側の要求は高まるばかり。これでは菅首相が戦略的互恵関係を強弁しようが、戦略のみならず互恵ですらない。四苦八苦状態の日本を横目にしながら、いま中国は、かつて内外から日本の金城湯池と目されていたASEAN(東南アジア諸国連合)に猛烈な南進攻勢を掛ける。

中国のもう1つの南進拠点・南寧

 中国が南進を本格化したのは1990年代初期。沿海地域に較べ経済発展が大幅に遅れた雲南、貴州、四川、広西など西南地区の開発を目指した当時の李鵬首相は、「雲南を南に向かって開き南進せよ」と大号令をかけた。以来、ミャンマーとの関係やメコン川流域開発に象徴的にみられるように、雲南の省都・昆明を拠点にして南進を続けてきた中国だが、近年になって、かつて中越懲罰戦争の際のヴェトナム攻撃最前線基地であった広西チワン族自治区の首府・南寧を2つ目の南進拠点として動き出した。
 南寧を拠点にした南進戦略の代表例が、中国南部の広西チワン族自治区沿岸、広東省の雷州半島、海南省、ヴェトナム北部沿岸に囲まれ南シナ海に繋がる広大な北部湾海域を囲む地域や国を一体化した経済圏にしようとする「泛北部湾経済合作区」構想だ。2007年3月の全国人民代表大会・中国人民政治協商会議の際、広西チワン族自治区政府は、この構想を中国経済を牽引してきた珠江三角洲(香港、深圳など)、長江三角洲(上海など)、環渤海湾(大連、青島など)に続く「第4の経済圏」として国家プロジェクトに昇格せよと提案したのである。
 この動きを捉え、胡錦濤国家主席と温家宝首相は積極支持を表明するのだが、じつは06年開始の「十一五(第11次5カ年計画)」で泛北部湾経済区を西部大開発計画における3つの重点開発目標の1つに繰り入れるなどして、総事業費1000億元(約1兆2500億円)の広西鉄道整備・建設計画が承認されていた。加えて、北部湾を囲む両国四方(ヴェトナム北部沿海と中国の広西、広東、海南、北部湾地区)のみならず、近隣諸国をも包括した泛北部湾経済合作区に拡大すべきとの方向が打ち出されたのだ。

南寧からシンガポールまでを結ぶ

 かくして、「中国とASEANとの次地域(より小さな地域=サブリージョナル=)での合作も、一面的な『陸上合作』から双方向性を多元的に備えた『海陸合作』の要となる」(劉奇葆・広西チワン族自治区党委員会書記=当時=)という方向性が打ち出され、中国に加えヴェトナム、マレーシア、シンガポール、インドネシア、フィリピン、ブルネイ、タイのASEAN7カ国が参加する「泛北部湾経済合作論壇」と名づけられた国際会議が動き出すこととなった。
 5回目となった今年の泛北部湾経済合作論壇は8月12、13日、南寧で開催されたが、それに歩調を合わせたかのように、中国鉄道部は南寧・シンガポール間の鉄道建設を積極的に推進することを表明している。
 中国鉄道部経済企画研究院の林仲洪副院長によれば、南寧・シンガポール線は南寧から南下し憑祥で国境を越えてハノイへ。その後はホーチミン、プノンペン、バンコク、クアラルンプールと4カ国を経由してシンガポールまでの全長5000キロ。このうち中国側新設区間は200キロ弱。ホーチミンからプノンペン経由でタイ国内線に接続する区間で整備・新設を要する距離が435キロ前後。またタインホアから枝分かれしてヴィエンチャン、バンコクを経由してシンガポールと結ぶ予定もある。以上の2路線完成後、中国側の貴州、広西、湖南、広東の各省の既存路線と接続させることで、中国南部と「中南半島(=インドシナ+東南アジア大陸部)」とを一体化させた物流ネットワークが動き出すというのだ。

 伝えられるところでは、中国・ASEAN間の物流は陸路に限っても年平均13%増で2020年には8860万トン(うち、4680万トンが中国の輸入分)に、貿易総額は年平均11%の伸びをみせ8000億ドルに達するというのが、中国側の予想である。じつは09年末、中国政府は「より積極的に泛北部湾経済合作を支持し、合作の基盤と機構を創設し、南寧・シンガポール経済回廊を建設する」との路線を打ち出していた。つまり泛北部湾経済合作論壇は、この地域(インドシナ+東南アジア大陸部)の改造へ向けた中国による中国のための国際的仕掛けであり、ASEAN抱え込み策ということだろう。

東南アジア大陸部鉄道網建設計画

 9月7日、タイのアピシット政権は中国の技術・資金協力による鉄道網整備計画を、中国との協議、事業内容の国会審議、公聴会などの手続きを進めつつ推進することを閣議で確認した。じつはタイ政府は6月末、バンコクを起点に北部のチェンマイ(745Km)、東北部のノンカイ(615Km)、南部のハジャイ(937Km)、東部のラヨン(221Km)をそれぞれ結ぶ高速鉄道建設方針を打ち出している。総予算はバンコク外環高速道路建設(207億バーツ)を含め7000億バーツ(約1兆9000億円)規模になるようだ。さらに7月中旬には実力者のステープ副首相が中国共産党の招待を受け、対中担当の影の外務大臣といわれるウィーラチャイ(李天文)科学技術大臣を伴って訪中し、中国版新幹線に試乗しているのである。
 ここで注目すべきは今回のタイの鉄道網整備計画が、90年代初期に中国で計画された東南アジア大陸部改造計画とでも呼ぶべき構想の一環をなしていることだろう。90年代初期に筆者が昆明で入手した「部外秘」の印が押された新聞見開き2頁大の「大西南・対外通道図」には、雲南を中心に広西、ヴェトナム、ラオス、カンボジア、タイ、ミャンマー、インド東部、チベットが描かれ、昆明をハブの中心にした周辺各都市への航空路、水路、鉄道網の将来計画が示されているのである。しかも地図の裏面には水路、鉄道網建設・整備に関する概算やキロ当たりの輸送単価までが記されていた。今回タイ政府が打ち出した鉄道網整備計画は、この「大西南・対外通道図」に描かれた路線図と重なり合っているのだ。

タイとの華人人脈

 もう1つ注目しておきたいのが、すでに昨秋段階で鉄道網整備計画を明らかにしていたウィーラチャイ大臣の血縁関係である。義父はタイ最大の対中投資企業である「CP集団」を率いるタニン(謝国民)であり、実兄の義父は王室に近く対中ビジネスに積極姿勢を示すカシコン(泰華農民)銀行を軸とするラムサム(伍)財閥総帥のバンヨン(伍捷樸)、父親は対中ビジネス最大の実力者で知られるスチャイ(李景河)である。これに加えるなら次期首相の声が高まりつつあるコーン(蘇)財務大臣はラムサム一族とは姻戚関係にある。タイの対中ビジネスを支える血で結ばれた巨大財閥が、巨大な利権を産むことになる鉄道網整備計画に微妙に絡んでいる。タイと中国の両政府は、華人企業家と「双贏(ウイン・ウイン)関係」を結ぼうというのか。
 将来、タイの鉄道網が整備された暁には最高時速200キロの中国製新幹線がタイ国内を奔り、さらに中国(雲南の昆明と広西の南寧)を起点に、ラオス、タイ、マレーシアを縦断しシンガポールまでが鉄道で結ばれることになるだろう。
 中国は、中国の側から見て昆明から右手を、南寧から左手を伸ばし、両腕で抱え込むようにして、東南アジアの富と資源を根こそぎ掬い取ろうとしているのだ。今回の尖閣問題で露呈した菅政権の拙劣外交を目にすれば、ASEAN諸国政府が外交の軸足を中国の側に移さざるを得なくなることは十分に予測できる。10月4、5日にブリュッセルで開催されるアジア欧州会議(ASEM)は、東南アジアにおいて中国主導で進みつつある"日本はずし"を食い止めるための最初の試金石といえる。いま日本は、対ASEAN外交の再構築を逼られているのだ。

ニーチェ、我が心の友(ジャイアン風?)

"孤独なる者よ、なんじはなんじの自我の路を往く!しかも、その路はともすると、なんじのほとりを、またなんじの七つの惡魔のほとりを通り過ぎてしまいがちである。
なんじはなんじ自身に対して異端者たり、魔女たり、予言者たり、白痴たり、懐疑家たり、汚涜者たり、また無頼の徒たるべきだ。
なんじはなんじの炎のなかに自らを焚かねばならぬ。なんじまず灰燼となることなくして、いかに鮮しく生まれることを望みえようぞ!
孤独なる者よ、なんじは創造者の路を往く。なんじは七つの惡魔から、一つの神を創造せんと願っている。
孤独なる者よ、なんじは愛する者の路を往く。なんじはなんじ自身を愛している。さればこそ、なんじはただ愛する者のみが軽蔑するごとくに、なんじ自身を軽蔑している。 軽蔑するが故にこそ、愛する者は創造せんと欲する!おのれが愛するところのものを軽蔑せずにありえた者が、愛について何を知るものぞ。
同胞よ、なんじの愛をもて、またなんじの創造をもて、なんじの孤独の中に行け。時を経て後、公正はようやくなんじをた追って、跛足ひきつつつききたるであろう。
同胞よ、なんじ我が涙を得て、なんじの孤独の中に行け、 自己を超えて創造せんと欲する者、かくして没落しゆく者ー、われはこの人を愛する。"

ーFriedrich Nietzsche
「ツァアツゥストラかく語りき」上巻149-150ページ、新潮文庫

2010年10月24日日曜日

肥溜のイワシの骨

肥溜のなかで、人間の腸で消化されなかった独りぼっちのイワシの背びれの骨が、ふんづまっている。
大きな海に憧れながら、思い叶わず網に絡まれ丘へ上がり、やがて捕食者の口へ向かった。
群れでいきてきたはずのイワシは、小さな肥溜の内でもはや何ともつながっておらず、かと言ってなにかの一部に自らを混入させるには彼の自尊心は傲慢過ぎた。
肥溜から都会の夜の空に控えめに輝く月を見上げて、月の特殊的なることに嫉妬した。それは、月というものの、時代や歴史に、なかんずく人間などに左右されることのない、普遍的絶対的存在性への嫉妬であった。


2010年10月20日水曜日

狼=大神

移動中商事(移動中)は、日本全土での日本狼の復活プロジェクトのための特別推進室を立ち上げる。
数年来全国規模で問題とされてきた、鹿の食害や頂点捕食者の不在による生態系のメルトダウンを防止するために、まず知床に日本狼20匹をつがいで放つ。そのために研究から追跡調査までを行う特別会社を設立、広く民間・公より専門家を募り、2011年末頃に狼を北の大地に放つことを目指す。知床の狼の個体数を2018年に350まで増加させるのが現在の目標という。
移動中の”プロジェクト・ウルフ”推進室長であり、自身も灰色狼3頭とともに磐梯山の麓で週末を過ごす愛狼家の三谷原”山桜”基氏は、「狼はかつては大神とも呼ばれました。米国イエローストーンでの成功例が示しているように、最強の捕食者は自然環境の上に乗っかって草食獣や家畜を食い散らす”害獣”などではなく、森を保存し緑を維持し生物多様性を保蔵するためのまさにキープレイヤーなのです。私は、よく山でキャンプをしますが、どこの山でも狼たちの美しい遠吠えが聞こえることは残念ながらありません。しかし、我々や同志のこのような取り組みをきっかけとして、やがて状況は好転するでしょう。私の子や孫たちは、冷たい山の空気を震わせる狼(=大神)たちの遠吠えのコーラスを聞いて、山が誰のものであるのかを頭ではなく皮膚感覚として理解してくれるでしょう」という。
尚、狼という獣を野に放すことについての危惧の声があるがとの問いに対しては、山桜氏は次のように述べた。「狼と戦って食われるのが嫌ならば、武装すればよいのです。野生は自分より強いものを本能で理解しますからね。しかし、もし狼に襲われたときに、彼女を狼から守ってみなさい。あなたは彼女にとって永遠のヒーローですよ。何より、狼はおらず安全だが緑もなにもない禿山よりも、狼が斃した鹿の骨が転がっている場所に暮らしたいとは思いませんか?」。
商社各社は、数年来の資源・エネルギー価格の高騰により未曾有の利益規模を謳歌してきたが、地球環境保護と生物多様性の維持のためには各社は世界各地でさしたる貢献をしてこなかった。そのため、各社は新エネルギーや環境ビジネスに力を入れているもののいまだ成果は上がっておらず、移動中は、猫の手ではなく狼の牙を借りて地球環境の保全に取り組む決意をした模様だ。従来より、失われた生態系を復活させるために日本の森に狼を導入すべしという声は根強い。
移動中は、狼をコーポレート・シンボルとして採用することを発表済みであり、そのサインは来年2月にも発表される予定だ。

ウィリアム・ソウルゼンバーグ「捕食者なき世界」文芸春秋社をご参照されたい。
著者の主張は要するに、

「生物多様性を維持するうえで、頂点捕食者はかけがえのない役割を担っている。大型肉食獣の生態系における重要性は、生態系を調整・維持する力が、ボトムアップで働くか、それともトップダウンで働くかによって働くかによって決定されるが、もしトップダウンの力が決定的に重要であるならば、大型肉食獣は生態系の在り方に重大に影響を与える存在である。したがって、頂点捕食者の絶滅(=不在)は、ある地域の生態系に破滅的な影響を与えうる。」

ということ。人間は、人間を捕食する可能性のある大型肉食獣を紀元のはるかはるか昔からその知恵と道具でもって大量に殺戮し、絶滅させてきた。
生物多様性条約締約国会第10回会議が現在名古屋で開催されているが、人類にとって無害な(なにそれ?)草食獣や熱帯雨林など”だけ”の似非の多様性を保存することのみに拘泥していては人間は救われない。生態系は、一つの環なのだ。

日本での狼の復活を唱える日本狼協会のHPはこちら。

それにしても、「哲学者と狼」といい「捕食者なき世界」といい、今年は狼年じゃの。





不藤、Villefrancheへ!

京都時代からの畏友不藤の送別会は会食⇒銭湯のはずが、氏が風邪をひいてしまい会食のみ。
日本最後の晩が俺ですまんのう。武人万葉集読んでね。


友よ、Be defiant, but be a gentleman.


赤道ギニアでこれを読んでいるかもしれないジュラへ告ぐ


不藤は俺の大学院の同期にして会社の同僚。
アフリカの仏語圏担当じゃから、いつかどこかで三人で飯を食いましょう。
倉敷の兄貴の店やとええなぁ。


Without love, no valor. Without valor, no love.

高梁川で巨大な蓑虫を見つけました。

”Expendables”

り言である。

Slyvester Stallone監督・主演の映画”Expendables"を観た。Jason Stathamはたぶん今最もかっこいいハゲだろう。負けておられぬ。
娯楽映画はこうでなくっちゃ!と思わせる映画だ。Arnold SchwarzeneggerもStalloneのかつての戦友として3分ほど友情出演しているのだが、この二人の別れ際のセリフが渋い。

Stallone: 「また会おうぜ」
Schwarzenegger:「そうだな、いつだ?」
Stallone: 「1000年後でどうだ?」
Schwarzenegger:「おい、そりゃちょっと急だぜ」
(Schwaszeneggerはすたすたと立ち去る)

すべての文明が崩壊して、イノシシや熊やムカデと生存の競争をせねばならなくなったときに、最も強い生き物でありたい。それは、Iphoneを駆使して世界のあらゆる情報にアクセスするすべを持つこととは何ら矛盾しない。大切なことは、現在の治安が維持された近代国家における情報化社会を絶対化せぬことだ。こんなものは一度天変地異や大戦争が起きれば吹き飛ぶ。だから、俺は本物の特殊部隊員にあこがれる。山で蛇を捕まえて生き血を啜って前進する男に女が惚れるのは、年収一億円の男が年収100万円の男より女性にもてることと同じくらい正しい(Right)ことである。この場合も、生物学的に。
俺は40kgの狼に勝てるか?俺は時速45kmhで突進してくる猪に立ち向かえるのか?450kgの白クマとは戦えません。流れ星”銀”じゃないんだから。あぁ、俺はなんと小さく弱い生き物であることよ。
敵を忘れてはいけない。敵がいない世界はつまらん世界だ。敵に対して恐怖を抱き、身体を鍛えるからこそ我々は動物なのだ。今の日本人は全員動物園のなかの肥満狸だ。そういう奴らはナッパの「クンッ!」で皆殺しにされるのだ。

倉敷市街から車で10分ほどで、高梁川の取水地である酒津という場所につく。
ここは、見事に水辺の工事がなされ、素晴らしい散歩道ができている。その近くにカフェ(http://www.miyakeshouten-sakazu.com/)もできている。水辺と緑があれば、人間はかなり穏やかになれる。倉敷にお住まいの人は一人でも彼女とでもぜひふらりと散歩に行ってみて損はしないだろう。だが、上にも書いたが、このような水辺と緑が倉敷駅から徒歩圏内にないことにこそ、倉敷駅前の衰退(日本全国だろうが)の根本原因があるように思えてならない。

円高円高というのはやめにしよう。
ドル安である。
円が高くなっている、そりゃそうなのだが、そうではなくて、ドルが雪崩をうったかのように崩落しているのだ。
中国とアメリカは、三つの戦線で対立の火種を抱えており、うちいくつかの戦線では火種は小火になっている。すなわち、①政治体制にまつわるもの、②通貨、③地域覇権。アメリカが最近になって①について中国を攻撃したことは、②と③におけるアメリカの相対的優位性が大きく揺らいでいることを象徴していると思う。


チボリ公園...

実家の最寄の駅はJR山陽本線西阿知駅。ここから15分も歩けば高梁川を玉島・船穂方面に渡る船穂橋にでる(歩く人はほぼいないが)。
倉敷チボリ公園は、この西阿知駅から東へ一駅5分の倉敷駅の北側に1997年に開園した都市型テーマパークだった。「だった」というのは2008年末をもって営業を終了し、閉園したからだ。
この公園は、旧倉敷紡績(現クラボウhttp://www.kurabo.co.jp/)の倉敷工場跡地に開園した。デンマークはコペンハーゲンにあるチボリ公園をモデルにしており、園内にはデンマークをイメージしたアトラクションやら庭園やらがあった。
12ヘクタールの広さのこの公園を運営していたのは、岡山県などが出資した第三セクターのチボリ・ジャパン株式会社。
岡山市の市制施行100周年(1989年)の目玉事業として開始されたこのプロジェクトは、当初は岡山市北長瀬・北長瀬表町・野田にまたがるJR岡山操車場にチボリ公園を誘致する構想であったが、推進派岡山市長の辞職などがあり、最終的に1995年5月に岡山県はクラボウと倉敷工場跡地の賃貸借契約を締結して、それをチボリ・ジャパンに転貸した。そして1997年7月18日の開園と相成ったわけだ。ちなみに、当初中核企業として参画が予定された阪急は1994年4月に撤退したため、チボリ公園は岡山県の単独でのプロジェクトであった。
開園当初は、年間300万人に届かんとする入場者があったが、2001年には早くも130万人程度にまで減少し、2005年以降3年間は100万人に到達しなかった。たしかに、「高齢者の方無料!」とか、「19時以降500円!」とか、経営の苦しさをアピールしているようにしか見えない(かつての経営者の方、御免なさい)宣伝を大学・大学院時代の帰省の折に目にした記憶がある。

延々と沿革などを書き連ねた。ここからは俺の独断である。

倉敷の常識人はこう問うてしかるべきだったのだ。

「金沢や萩と並ぶ日本有数の歴史的都市景観で知られる倉敷市が、その玄関たる倉敷駅の裏側(徒歩1分!)にデンマークの公園のサル真似公園を造る必要があるのか???」

倉敷駅から南へ10分歩けば倉敷の象徴ともいえる白壁の街並が在る。白壁の街に、デンマークの公園が突如現れることの無秩序・混沌を、日本人的寛容さでもって受け入れてしまったことが、我々倉敷市民の第一等の罪であった。このブログでの何度か書いてきたことだが、我々は宇宙論的な世界観を持つことがいまだにできない。いや、これまで持ててなかったのだから、これかもそうなのだと腹を括るがよかろう。

現在この12ヘクタールの土地は、再開発事業者となったイトーヨーカ堂に貸し出され、ここにイトーヨーカ堂と三井プレミアムアウトレットが入る予定だ。倉敷駅に北にあった小さな観覧車がなくなったかと思うと、馬鹿でかい字で「Gucc○」と壁に書かれた巨大商業施設が入る(http://osaka.yomiuri.co.jp/re-eco/news/20100428-OYO8T00442.htm)。
クラボウの昨年8月の報道資料によると、イトーヨーカ堂は、「従来の総合スーパーやショッピングセンターとは開発アプローチが全く異なる、街づくりの視点による『街おこし・旅おこし』の拠点開発(http://kurabo.irbridge.com/ja/PressRelease/PressRelease-977944364640515970/TopLink/RedirectFile/090827.pdf)」が開発方針だというが、営利団体たる企業の目的は「利益」である。そして利益とはバランスシートの右下に出てくる数字なのだ。その数字が倉敷の街から何を奪おうかなどと、企業のバランスシートやインカムステイトメントは何も教えてくれはせぬ。
街おこしとは、人の流れが街に戻ることを意味するのみではないだろう。
正直にいって俺はこの分野においてあまりに不勉強であるが、倉敷市は、たとえばこの土地すべてを鬱蒼とした巨大な木々が生い茂る芝生の公園にして、その中にビールやコーヒーが飲めるカフェ、大福やみたらし団子や緑茶を出す御茶屋を2,3軒置いて、JR山陽本線の快速・伯備線も停まる倉敷駅から1分という抜群の利便性を生かして岡山最大の都市型緑地公園とすることはできなかったのだろうか。LondonのHyde Parkは無理としても、St.Jams Parkの隣のGreen Parkぐらいの規模のものができなかっただろうか。ベンチがたくさんあって、夏でも木陰を涼しい風が通り抜け、孫を連れたおじいさんとおばあさんで賑わう。その近くでは倉敷へ白壁を観に来たアフリカ人と中国人の観光客が緑茶を飲みながら豆もちを食べている…そんな公園が俺は俺の故郷に欲しい。欲しいものは自分で創るがよい。
グッ○のキズものやシーズンアウトしたものなんかこれっぽっちも欲しくない。日本以外でPremiumブランドのものをアウトレットで買おうという人がいる国はあるのだろうか?そのうちコンビニで、「ミシュラン三ツ星シェフの天津飯!」なんていう弁当が出てきそうである。しかもそれが売れそうである...

この土地は、倉敷イオンがある郊外(とはいえ車で倉敷駅から5分だが)とはわけが違う。倉敷駅は、1891年の開業以来ずっと「倉敷」の玄関であり、現在でも中国地方第五位の利用客数を維持しているターミナル駅なのだ。その隣に、デンマークの公園を造って失敗し、さらには苦し紛れに巨大商業施設を造らせしめたこの俺の無作為は、断じて許されるものではない。

~Epilogue~

実は、高校2年の時のクリスマスに俺は当時の彼女とチボリ倉敷にいった。恐らく、これを読んでくれている城東高校野球部12期生のなかには「あ、俺もそうじゃ」という野郎がいるだろう。
現在新婚出来立てホヤホヤの斉藤はおったな(当時の彼女が今のお嫁さん、凄いことだ)。台北の夜のスーパースター谷野も誰かさん(誰でしたっけ?)と来てた気がする。
まぁあの頃は、なんというか阿呆なことをしたものだ。毎日野球の練習が終わってからファミリーマートで”角バーガー”を食べてたニキビ面達が、クリスマスだというて彼女をつれて白壁の街のデンマークの公園に行っているのだから...なんとも恥ずかしいものです。
あれから早10年。皆夫になり、親父になっている。
俺は、猿になろうとしている。

名古屋港の上で(のはず)

2010年10月17日日曜日

桜田門外の変

イオン倉敷で映画"桜田門外の変"を鑑賞。長谷川京子の美しさ以外に印象深かったのは次のこと。

映画の最初と最後になぜか桜田門を正面からとらえていたカメラが左に旋回して国会議事堂を大きく映す...当然それは21世紀東京の映像だ。
かつて命がけで井伊直弼を討った水戸浪士たちがやがて維新を経て打倒したのが古色蒼然たる江戸幕藩体制であるならば、21世紀の桜田門外の変は国会議事堂に集約されたる、半世紀に及んだ平和主義国家日本の打 倒を目指すものならざるべからず、そういう作者の意図があるというのは深読みか?
否、劇中にあまりに頻繁にでて来た「天下国家のため」という台詞は、この映画が明らかに現在の我が国を囲う危機について鋭敏に知悉せる者の作為を看取せざるを得ない。

すべての芸術は、思想と叫びをその奥にもたねばならぬと思う。芸術が娯楽であるならば、芸術は誰も魅了しはしないだろう。

2010年10月8日金曜日

ノルウェー、えらいぞ!日本もガンガン言うたれ。

劉氏を祝福=中国の脅しには屈せず-ノルウェー首相

http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&rel=j7&k=2010100800867

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201010/2010100800750&rel=y&g=int 

【ロンドン時事】オスロからの報道によると、ノルウェーのストルテンベルグ首相は8日、中国の民主活動家、劉暁波氏へのノーベル平和賞授与が決まったことについて声明を出し「民主化と人権の促進に貢献した劉暁波氏を祝福したい」と受賞を歓迎した。
 中国政府は「ノルウェーとの関係を損なう」と警告している。これに対し、同首相は「中国との関係は長期的なものであらゆる分野にまたがっている」と指摘し、冷静な対応を求めた。
 中国政府に対しては今後も「何度でも機会をとらえて」劉氏の問題を提起し続けていくとも述べ、脅しには屈しない姿勢を示した。(2010/10/08-21:56)

2010年10月3日日曜日

高山岩男「世界史の哲学」

最近あまり刺激的な本に出会えておらず(「哲学者と狼」は最高だった)、仕方なくというわけでもないが、大事に読まずにとっておいた高山岩男「世界史の哲学」を丸善で買った。5000円。高い!
まぁ新書の5冊分の価値はあるだろうし、読み方使い方によって20倍にだって出来るだろう。

高山岩男は、1905年山形県生まれ、1993年没。
山形高等学校理科では物理学を志すも、田辺元や西田幾多郎を紐解くうちに哲学への関心を生じ、京都帝国大学文学部哲学科哲学専攻で西田幾多郎、朝永三十郎、田辺元、和辻哲郎などの講義・演習に出席。1933年に京都帝国大学にて文学部講師に就任し、1946年に連合軍の公職追放令によって退職するまで京大に席を置き、研究を行った。この間、海軍特別委員会に就任するなど、積極的に権力との思想的協働に従事した。
この本の帯曰く、「西欧近代主義の打破と世界史の多元性を唱え日本の『世界史的使命』を訴えた京都学派(http://ja.wikipedia.org/wiki/京都学派)四天王の一人」だそうだ。

四天王かどうかはともかくも、高山が序文に記した、次の一文は彼の衝動の強さを語って余りある。

「世界史の哲学に就いて私見を発表する勇気を生じ、またその義務を感ずるに至ったのは、支那事変の勃発後、日頃教室で顔を合せていた学生で、卒業後戦地に赴く人々が出てきた頃であった。彼等は支那事変の意義が何処にあるかを訊ね、それを掴えることによって戦場の覚悟への一助とするという風に見受けられた」

近代西欧世界即世界(欧米の歴史=世界史)という隠された命題に反旗を翻し、当時のシナ事変から米英との戦争にいたる大東亜戦争を、いかに”世界史的世界史(高山は、それまでの「世界史」は所詮「ヨーロッパ世界史」を意味するのみであり、第二次世界大変・大東亜戦争を、第一次世界大戦とは異なり、「近代内部の戦争ではなく、近代世界の次元を超出し、近代とは異なる時期を画そうとする戦争」として捉えた)"のなかに位置づけるかーこのことが高山の最大の問題意識であった。ヘーゲルやマルクスなどに通底する単線的な「世界一元論」(欧米に遅れたアジア・アフリカも、やがては欧米と同じような発展経路を辿るとする考えとでもいえましょう)を拒否し、日本独自の世界史的使命の要求によって、かの戦争を論理的に支えた高山を始めとする京都学派は、軍国日本の単なるイデオローグであったと批判されることが少なくない。

けれども、冷戦崩壊後の米国への全ての力の一極集中が終了し、経済的なGlobalizationという事象を背後から支えてきた世界一元論になぞられられる単純な世界観にますます懐疑の目が向けられ、主権国家がそれぞれの思惑を表明し国益のために行動することをためらわなくなりつつある今日において、また非欧米諸国が世界史においてますます権力を拡大しつつある今日において、日本の「世界史的使命とは何か?」と問うた思想家のこの大著は今こそ読まれるべき本の一冊だろう。

俺は、大東亜戦争を思想的に擁護する恣意的意図を持たない。
だが、欧米(過激な言い方をすれば、白人たち)は、地理的に非欧米であるところの世界の諸地域を産業の力と軍事力によって自身(欧米)のうちに取り込み、内在化させた。
それによって現出した世界は、あまりに単純で乱暴なヨーロッパの近代的原理に立脚する世界観の非欧米への強制の結果であったと思うし、我々日本人はそれに対して唯一矛を持って立ち上がり、抗議をなすことができる国であったのだという確信にいささかの揺らぎもない。 そう信じるからこそ、俺は靖国神社に参拝する。あそこにおわすのは戦犯などではない。「日本の大儀」のために戦って死んだ英霊である。そして、俺が高山の思想に強く共鳴するのは、「大儀は複数個存在する」というかつては当然であった事実の故なのだ。
(告白しよう、俺は国内においては価値相対主義を排除しようとするが、国際政治思想・歴史哲学の場面では、俺は価値相対主義者たらざるを得ない。それは、仕方のないことだと思う。国家有機体説的な立場をとる多くの保守派は、傾向としてけっして地球共同体というものを夢想しない。それは歴史的共同体というものはせいぜい国境を限界線として、地理的・歴史的に制限されていると考えるからだ。)

20世紀末から21世紀初頭のグローバリゼーションの時代が終わり、国家間の角逐の時代が21世紀前半の形容詞となるならば、我々日本人は再び帝國日本の復活を夢見るのか、あるいは近代主義そのものを総体的に超克する挑戦に向かうのか。

大学院で思想系のトレーニングを受けたものでないと読むのは困難かもしれぬが、南仏に旅立つ畏友不藤にこの本を餞別としてプレゼントしよう。欧米人と大東亜戦争について議論する際には最強の理論書となってくれるだろう。

これを読むべきは、次のような方。
・大東亜戦争の世界史的意義を考察したい人
・日本が今後世界に向けて主張すべき価値の根源を探りたい人(いるのだろうか...)
・欧米の傲慢にイライラしている人(乱暴だねぇ)
・中国の危険な台頭の世界史的意義を考察したい人
・歴史と哲学の関係、相互作用について考察したい人

一緒に読むといいだろうと思うのは、次の本。
・マルクス「共産党宣言」
・ヘーゲル「歴史哲学講義」
・シュンペーター「西洋の没落」
その他...?

皇居の芝生。
大勢の中国人観光客が大楠公の像の前で写真をたくさん撮っていたが、果たしてどういう人物で何故にあそこにおわすのが御存知なのか知らん。




今日買ったのは、これのほかに
・ユアヒム・ケーラー「ワーグナーのヒトラー 『ユダヤ』にとり憑かれた預言者と執行者」
・軍事研究10月号

2010年10月2日土曜日

朝霧ジャンボリーオートキャンプ場

実はこう見えてー見えてないですがー俺はかなりの遊び人である。
楽しいことが大好きだが、田舎者(英訳すると、Country Gentlemen)は街中で遊べるようにプログラムされとらんから、いきおい週末は車でピューと東名・中央・関越・東北道などを疾駆し緑深き山川に出かけることになる。
今日は田畑と彼の彼女のゆきちゃんと富士山の西の朝霧ジャンボリーAC(http://smilekun.naturum.ne.jp/c20089983.html)でデイキャンプ。
ところで上のURLの”すまいるキャンプ3”、関東でキャンプに行く人は必見です。


このキャンプ場、とてもおすすめです。
まずなによりも広い。見通しのよい広場もあれば、木々に囲まれた小さなサイトもある。一人キャンプは今度はここにするべしかな。キャンプ慣れした風な夫婦や家族たちがのんびりと秋のキャンプを楽しんでいました。夏よりやっぱり静かですな。キャンプのベストシーズンは10月―11月、これは定説。


焚き火は夜だ!という頭があるのだけど、肌寒くなってきたこの時期は昼間の焚き火も悪くない。なんで火がパチパチと燃える音っていうのはああも優しく聞こえるんだろうかね。
この焚き火台、越後のユニフレームのもの(http://www.naturum.co.jp/item/20510.html)。
付属のグリルを乗せればそのまま肉やら魚やらなんでも焼ける。ダッジオーブンも乗せて使用可能、おまけに5000円。越後のユニフレーム、素晴らしい。



田畑(高校通算25本塁打!俺1本。しかも92mの右翼フェンスぎりぎり...)の彼女のゆきちゃん。そりゃ25本もホームラン打てばこんな彼女が見つかります。そういえば俺の顔出すの初めてかもしれん。
俺はこれから死ぬまでの間に写真に撮られる際に、Vサイン(ピース)を絶対にせんことにしている。
俺が首相になってどこかの国に戦争で勝って、中目黒の「水炊き しみず」でボンドガールと食事した後の姿をフライデーされたら、一世一代、渾身のVサインをくれてやろう。








最後に小さくなりましたが、北海道より田畑選手の入場ですっっ!!!
(この車似合うね~)
今度は野でローストビーフを食べようじゃないかい。


なんだかえらく雰囲気の違う投稿ですねぇ。
まぁ季節の変わり目じゃからね。
尖閣は死守いたしますが。