2013年5月12日日曜日

一言二言

◯外国にいても発売と同時に文芸春秋を電子書籍(紀伊国屋のKinnopyといふアプリ)で読めるのが存外に嬉しい。もはや駐在員に日本から本や雑誌を持っていくなんていう無駄はしなくてよいね。それにしても喰わず嫌いは駄目だと実感した。電子書籍は素晴らしい。iPhoneでも老眼じゃない限りなんぼでも読める。ポケットに本が何十冊も入っているというのは、無茶苦茶有難い話である。家族持ちは細切れ時間で読むしかないのである。
家で書斎に向かう?そんな贅沢は芥川賞でもとってからネー

◯文芸春秋の富坂聡氏の小論に改めて驚愕。毛沢東が1969年のソ連との戦争勃発の危機の際にフルシチョフに言ったという言葉がこれだ。「ソ連と戦争をすれば核ミサイルで3億の中国人が死ぬかもしれない。だがそれがなんだというのだ。」ソレガナンダトイウノダ...。変人だなこりゃ。ちなみにこのときの中国の人口は6億。ということは、今は人口が13億だから10億死んでもいいのかね?あるいは同率の6.5億?時代は下って1982年、鄧小平はサッチャーとの香港返還交渉でいきなり「我々はいつでも香港を(当然軍事力で以って)占領できる」と言ってのけたそうな。
こういう頭の人たちが隣で大軍拡をしながら予想通りに「沖縄もわしらのもんじゃ」と言い始めたわけである。スービック基地から米海軍がいなくなった後に南沙諸島をフィリピンから実力でぶんどったわけである。
毛沢東というのは、石原莞爾と同じ種類と規模の人間だったんだなというのがなんとなく分かる。石原もあれは革命家ですから。思考の基準がどこか宇宙的でありながら、そのくせ緻密な計算が細部にまで張り巡らされているようなそういう感じだ。
しかし沖縄も中国のものと言われてしまっては、そのうち「聖徳太子以前は日本は中国に朝貢していたから歴史的には日本は中国の領土だ」なんて言い出しそう。

◯喰わず嫌いはいかんという反省から、フェイスブックに登録した。が、何をしたらええのかどうにもよう分からん。まぁ一ヶ月は続けてみよう。なんせ10億の地球人が使っとるらしい。どえらいのー。LINEというのもそうですがメールはもうなくなりそうですね。少なくともプライベートでは。

◯バーナンキさんの1999年の論文を読んだ。日銀は市場からケチャップでも買え!と言った人だけあって、日銀をボロクソに言うておる。長期国債もガンガン買い取らんかい!と。最近リフレ派と反リフレ派の簡単な本を日本語で少し読んだが、しかしいまだにアベノミクスが正しいのかどうかわからない。短期的に円安、株高になるから正しいという議論ではなくて、中期的な日本経済の成長と財政規律のバランスという意味で、正しいのかどうか分からんということ。金がより沢山出回れば、貨幣価値の下落を懸念して皆不動産を買ったり株を買うというのは分かる。それら資産の価値が上がれば「ちょっとポルシェでも」という人もいるでしょう。三越の決算よかったし。だけど、根本的な問題は新しい成長のためのエンジンになるような投資機会が国内にないということじゃないんですか、という考えが頭から離れぬ。麻生さんも大昔の高橋積極財政を称賛して「日本はアメリカのニューディールの前にケインズ政策を実行し不況を脱したのです」と先月DCでアベノミクスをPRしながら言うたと記憶するが、高橋財政のその後のインフレは?と、ここまでくると全く知らんので、岩田「昭和恐慌の研究」を積ん読しておる。

◯バガボンドが哲学書になりつつある。井上雄彦氏は、どんな本を読みどんな人と話してきたんだろう。
バガボンドの武蔵には、明らかにスラムダンクの桜木花道の面影がある。少し孤独で風来坊で乱暴者で、一つのことにしか熱中できない。武蔵には剣、花道にはバスケットボール。ともに不器用で、腕っ節が強く、負けず嫌い。スラムダンクは高校バスケットを通じて恐ろしく個性的な登場人物達が、成長しながら目標に向けて戦って行くという青春漫画の金字塔だが、しかし一人一人の精神の内面を深く抉って描き切ったという漫画ではない。そんな漫画あまりないんだろうが。爽快で、晴れ晴れとした物語である。おそらく著者は、自身が歳を重ねて人間としての年輪を増し成長していくなかで、バガボンドのような命のやり取りが主になる漫画で以って「命」や「他者」や「死」や「自我」を描くことが自然なこと、表現したいことになってきたのだろう。
俺もそうだが、スラムダンクを10代で読んでいた読者がいまバガボンドのファンであるというのはかなり多いと思う。そういう読者には、花道の素朴さ(「天才だから大丈夫!」なんてセリフもあったな。翔陽戦だったか)だけではこの世は生きづらいということが経験的に自覚されていて、だから武蔵の孤独や寂しさに共感しながらも、それに屈することなく自分にはない武蔵のあの一途さと圧倒的な強さに、今惚れるんだろう。

"『強くなりたい』ではなく、『強くありたい』"

至言である。

◯明日朝早いのにもう二時。こうやって人生は終わるんだよ。なーんて、全くわかっちゃいねぇ。こういうのをフェイスブックに載せても「👍」はつかんだろうなー俺はこっちのほうが好きだな。どうもフェイスブックってのはマスとして搾取されてる気がしてならんねー皆さんそんなことないか。