2010年9月29日水曜日

頭は尖閣尖閣尖閣。。。あぁなんとも疲れる日々よ

正道を踏み、国を以て斃るるの精神なくば、外国交際は全かるべからず。彼の強大に萎縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に順従するときは、軽侮を招き、好親却って破れ、終に彼の制を受くるに至らん。」
「国の凌辱せらるるに当たりては、たとえ国をもって斃れるとも、正道を踏み、義を盡くすは政府の本務なり。 ・・・血の出るところにのぞめば、頭を一所に集め、ただ目前の康安を謀るのみ、戦の一字を恐れ、政府の本務を墜しなば、商法支配所と申すものにて更に政府にはあらざるなり。」

ー大西郷

さは云えども、

”Keep your friend close, but your enemy closer".
(友は近くに、敵はさらに近くに)

はあるべき真実だろう。

我々日本人は、このヤクザ国家の台頭を一つの機会として捉えたい。
強大な敵ほど我々を一致団結させるものはないのだから。
戦争の真っ最中においては、生きるか死ぬかの瀬戸際においては、格差社会なんて言っている場合ではないのだから。
まぁしかし、中国と日本が戦争をするといっても、かつてのような総力戦にはならないと思う。
核ミサイルを政令都市総てに打ち込むぞというブラフ一つで我が国はハンズアップだ。

だから、だから、だから。
核兵器を日本は持たなくていいのですか???議論さえしなくてもいいのですか???
と俺は小さな声で10年前から言い続けてきた。そろそろ、市民権を得てもいい主張じゃないでしょうか。だってみんな核兵器国のイギリスにいってアフタヌーン・ティーを楽しんで、パリのシャンゼリゼを散歩してるんだから。
「日本は世界で唯一の被爆国だから絶対にだめだ」という人は、ある村でたった一人の狼に襲われたことがある少年に、「君は村で唯一の狼アタックの被害者だから、鉄砲を持って山に入ってはいかんよ」というのと同じくらい目茶苦茶な論理でしゃべっていることを理解してほしいと思う。
俺はどうしても理解できないのだ。「①日本は唯一の被爆国である⇒だから⇒②核兵器はだめ」というのが。①だから②というのではなくて、「①だから③最高限度の核武装によって核抑止力を維持しよう」、という論理だってありうるだろう。
そういう頭の柔軟性のなさというのは、本当に鬼畜米英を平和主義に代えて暴走しているこの国の頼りない外交・安保政策の根本的原因であると思う。

Armとは腕だ。恋人や娘を抱くことができる。
だが、Armとは武器だ。人を殺めるものだ。
俺は、自分という存在が、自分のこの腕が、最も高貴に振る舞うときでさえ、他者に対して脅威であり得ること、核兵器と本質的には変わらない武力であることを十分に受け入れようと思う。
我々はそういう罪を背負った存在なのだ。そうであればこそ、優しいArmに触れたときに、我々は心を震わせて感動し、心から優しくなれる。
だが銘記せよ。人間をして数万年に渡って戦わせしめたところのものは、まさにその「優しいArm」なのだという現実を!!!
俺は、、、俺のお婆ちゃんや母親を攻撃するどんな主体も、小学生が蟻を踏みつぶすように殺すと思う。その時の俺のArmは、どちらのArmなのだ。それは渾然一体として分離不可能だ。子熊を守るために敵と戦う羆の母ちゃんは、凶暴なのか?優しいのか?恐ろしいのか?慈悲深いのか?
この矛盾から目を背けるな。それは命からの逃避なのだ。人間が人間から逃避しては世界は動きはしない。