2010年9月30日木曜日

圧倒的な散歩-暇人乃思索的散歩私論

思索しない哲学者がいないように、散歩しない哲学者もいない。
と、思いながら京都の街をいつもふらふら歩いていた。
散歩ぐらいせにゃ思想家にはなれんわ、と一人思いながらのことである。笑わば笑え。

まぁ、全然圧倒的でもなんでもないんじゃが。

京都時代は、いつも白のTokyoBike(http://www.tokyobike.com/shoppin.html)か、オレンジのチビチャリで自分の部屋と吉田にあったひどく居心地のよい自習室を往復していた。
京都は、言うまでもなく日本有数の観光地だ。これから秋が深まり紅葉の季節ともなれば、清水寺や嵐山などの紅葉の名所はとんでもない数の人でごった返す。東大路通りは京都近郊からやってきた県外ナンバーの車とタクシー、バスで大渋滞だ。こういう時に百万遍から206号に乗って京都駅に向かうと最悪なのである。

そういう街に暮らしていたわけで、当然ながらのこのこいろいろなところにいったーと言いたいところだが、そうでもない。同じような散歩コースをいつも一人でてくてくと歩いていた。
百万弁から白川方面に抜けて、哲学の道を下る、或いは白川まで行かずに吉田山に登って頂上近くにある公園の懸垂用の鉄棒で懸垂をしてから吉田神社の方に降りてくる。水辺に行きたければ哲学の道とは反対の方向に500mほど歩けば、出町柳の通称”デルタ”(賀茂川と高野側が合流する三角州)に出られる。
特に哲学の道は、西田幾多郎だけではなく彼とともにかつて京都学派の思想家たちもふらふら散歩をしたという道だけあって、観光客が消えて暗くなり始めた冬の夕方などは最高だ。孤独を感じるためにこんな素晴らしい場所はないだろうと思う。川崎のこの30年ほどの“歴史”しかしかない街で過ごす休日の夕方、何度「あぁ、下賀茂神社の参道を歩きたい。。。」と思ったことか。下賀茂神社の参道は俺の通学路であった。あの400mくらいの、鬱蒼とした森に囲まれた参道だ。

ある初秋のLong Walkの行程はこんな具合。

朝最初の講義があって、次の講義が3時からというような日。
11時から財布と三色ペンだけを持って(携帯はいりません)、百万遍⇒出町柳⇒鴨川を三条大橋までに一気に南下!⇒(11時40分)四条河原町のBALの六階より上に入っているジュンク堂で新刊を探し、その後数件の古本屋で古本を漁る⇒(12時30分)BALから少し北へ上がった六曜社(http://r.tabelog.com/kyoto/A2602/A260202/26000159/)でしばし珈琲を飲みつつ朝日と産経に「左翼かこのやろー」「右翼かこのやろー」と突っ込みながら読む⇒(13時30分)はるか遠くに北山連山、そこから右に霊峰比叡を眺めつつ南下したときの反対側(西岸)を北上、たまに河畔に座ったり寝転がったりしたり読書したり⇒荒神口(すごい地名だ)あたりで川端通りを渡って東大路通へ、さらに北上してルネ(カフェテリア)で1500kcalの遅めの昼食(1440)⇒いざ、講義へ。

あぁ、なんと甘美な時間だったことだろう。
こうやって自分で書いてみると、本当に贅沢だ。
九段下から丸の内まで歩いて、オアゾの丸善で本を買って皇居を散策しながら戻るーというルートでは、あぁまで楽しくはなかっただろうな。

散歩の本質:

①行く先は決めるるべからず
②人とともに歩くべからず
③はるか遠くを見ながら、たまに足元の草を見やりながら歩くべし
④風が吹き、緑が葉を鳴らす場所が最適なるものと心得よ
⑤本とペンを忘るるべからず
⑥多少の空腹感を大切にせよー散歩前の食事は避けるべし
⑦二本脚で歩くべからず、常に脊柱をコアとして意識しつつ、四本脚で闊歩するべし
⑧街の変化に気を配るべし
⑨風が身体を吹き抜けていくかの如く歩くべし
⑩臍下丹田から生えた両足が地球を鷲掴みにする意識を持ち続けるべし