2010年7月14日水曜日

環境危機の民主主義的源泉を問う

人間が、生存への確固たる意思を捨てない限り再生可能エネルギーへの大転換は起こり得ません。これは残念ながら絶対的な真実であるように感じています。
なぜなら、現在は民主主義の時代だからです。
産業資本主義がイギリスに成立してから数百年、我々は、我々が現在直面している環境危機を、せいぜいが巨大な生産設備とそれが支える豪奢な人々の生活(昔は馬を一頭=1馬力持つことさえ困難だったのに、現在では先進国の庶民は数百匹の馬を自宅に飼っている)のせいだけにしがちですが、そうではないと思います。僕が政治学の学徒の端くれだからかもしれませんが、環境破壊の原因の一つに人間個人の欲望を是とするアトミックな、つまり原子論的な民主主義論を計上しないことは、間違いだと思います。しかも、民主主義というのは、所詮が「今生きている人間の意見」を問うものでしかない。チェスタトンが「死者には墓標で投票してもらおう」と言ったように、近視眼を回避するための防御装置はなにもないのです。

極論の極論ですが、「多数派の意見が正しい」という悪しき民主主義が継続される限り、「国民は間違った判断をするかもしれぬから政治が独断的にでも望ましい政策を実行せねばならん」とはとても言えません。それは現在にあっては、無理、つまり理(ことわり)が無いのです。民主主義は、絶対王権と同様に市民の無謬を大前提として措定せぬことには成立しえぬものだとすれば、我々が直面している環境危機は、革新的な技術の開発などで克服されるようなものではないのかもしれません。
例えば、馬鹿が10人集まったときに、一人冷静に物事を論じれば変人と言われます。必ず言われます。馬鹿はいつも集まっては踊ります。馬鹿というのは、馬や鹿のように(馬、鹿との会話の経験はないので当て推量もいいところですが)群れのなかで意見を対立させて行う”対話”を決してしないものです。
ですが、大多数派を「大馬鹿者」と無遠慮に切り倒してしまう傍若無人のドンキホーテこそが、この危機の時代には必要なのかもしれません。

個人に自殺の権利がもし認められるならば、人類にも自殺の権利が認められるべきなのでしょうか。それが、多数派の意見ならば、少数派はいかに振舞うべきでしょうか。

「大きな物語」が失われた現在、多くの世界の破滅を描いた映画が発表され、人気を博しています。
僕には、これが、「大きな物語」を求める小さな個人が、地球という「唯一我々が共有する資産」を、人類が一丸となって守らなければならんという明確には自覚さえされぬ深い潜在意識の世俗的発露であるように思えてなりません。インデペンデンス・デイやアルマゲドン(映画)のように、世界が一つになるのは(アメリカが完全に主導し気持ちいいぐらいの「アメリカ万歳」映画なのですが)地球の外部からやってくる危機が故なのかもしれません。そういう意味では、産業資本主義以前の地球には存在しなかったこの環境危機は、“外部的”であるというほかないのです。

地球をぼろぼろにしないと「大きな物語」を再び獲得することができぬというのは、末期癌にならないと生きていることの喜びが理解されないということに類似的です。
知性とは、とるに足らぬことに感動し、歓び、泣くことです。ハイデガーをドイツ語で読んでそれをフランス語で語ることが知性ではない。もちろんそんなものではない!!!
ワンピース(漫画)に感動して泣く男、夕焼けに魂を揺さぶられ、明日の戦いへと筋肉を緊張させている男。そういう男が、かっこういいと思います。
人生は、それ自体で、圧倒的に愉快です。環境と無関係に生きられるとは言いませんが、それでも上司が狼男だろうが蛙女だろうが、そんなこととは無関係に我々の生はあってしかるべきです。それが、我々がつかみとった“自由”というものでしょう。自分の幸福がーーー幸福を求めているのではないですがーーー、もし他人に依って決定されるものだとしたら、僕は自分の人生を嗤うでしょう。
かわいい彼女がいようがいまいが、140kmのストレートを投げて甲子園に行けようがいけまいが、禿頭になろうが髪がふさふさだろうが、それ自体で完全なものだと思います。「何か楽しいことないかな」という人間がやっている「何か楽しいこと」は、おそらく全然楽しくないのだと思うのです。

飲み会から帰宅する田園都市線の最終電車にて酔っ払いが隣の酔っ払いの臭い息にうんざりしながら記す

独り言:

加齢臭を防ぐためのシャツやらなんやらを開発する人は、やっぱり毎日加齢臭の臭いを嗅ぐんじゃろうな。敵なんですから。プロじゃ。ということは、ゴキブリホイホイを開発する人はもしや。。。

小学生100人に、「将来なにになりたい?」と尋ねたら、おそらく5人くらいしか「サラリーマン!」とは言わないだろう。俺はサラリーマンになりたかったのだろうか。自分の人生を正統化するために、俺はなけなしの知性を濫用していないだろうか。別に青い鳥症候群ではない。

誰か見てくれこの矛盾だらけの悪文を。
そりゃ上司から何考えてるかわからんとほめられるはずじゃ。

山桜